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アルベール・ラングロア!あなたは私の夫なのよ! かくも長き不在 (1960) 仏・伊

アンリ・コルピ監督

原作は
『二十四時間の情事』『愛人/ラマン』『雨のしのび逢い』など
素晴らしい作品を遺した
フランスの国民的作家  マルグリット・デュラス。

昔々、盛んに洋画を観ていた20代の頃
名画座で観た一本だと思うけれど
この痺れる邦題と共に
嗚呼、いい映画だったなあ~なんて
感動顔で劇場を出たに違いないけど

 今、この映画を観ると
この良さの 半分も分かってなかったんだろうなと思う。

こんなにも こんなにも いい映画だったのだ。

          〇

ヴァカンスで人通りの少ない パリ郊外の裏通り。

戦争で廃墟のようになってしまった 古い教会の傍の
「アルベール・ラングロワの店」という名の
カフェの女主人 テレーズ・ラングロワ (アリダ・ヴァリ)は

ある時から 朝夕、表を通る
浮浪者 (ジョルジュ・ウイルソン)の姿に
気を留めるようになった。

彼は夏だというのに コートを着て
そしていつも 歌を口ずさんでいた。
オペラ『セビリアの理髪師』の 一小節を。

ある日、店先で 彼と間近ですれ違ったとき
テレーズは えも言われぬ衝撃を受けた。

16年前、ゲシュタポに捕らえられたまま
行方不明となっている 夫・アルベールに
あまりにも似ていたからだ。

その日からテレーズは
彼を心待ちにするようになった。

そしてあるとき、店のウェイトレスに
彼を店の中に誘い 会話をしてもらうよう頼み
その様子をカーテンの奥から 息をひそめて見ていた。

しかし彼は 戦争ですべての記憶を失くしていた。

彼はセーヌの川べりに 小屋を建てて住み
廃品処理場をまわり 古雑誌を集めていた。
ある日、テレーズが小屋を訪ねると
彼は集めて来た雑誌から 絵や写真を切り抜いている。

人物の顔や 婦人や 兵隊の姿を ハサミで丁寧に切り取る。
古い木箱には たくさんの切り抜きが入っていて
テレーズは 私にも手伝わせてと言うが 拒まれる。

少しづつ彼と親しくなって
何とか記憶を 取り戻してほしい。

テレーズは
夫・アルベールの 叔母と甥を故郷から呼び
彼を確認してもらうが 
結果は 二人とも人違いだと言った。

しかしもう、テレーズは確信していた。
風貌は様変わりしているが 彼は夫・アルベールなのだ。

テレーズは店のジュークボックスから
『セビリアの理髪師』を流し
店の前を通る彼に聞かせ そして夕食に招待する。

このとき男は手土産に 切り抜きの絵を持ってくる。

夫が好きだった料理と ブルーチーズを勧め
食後はふたり並んで 音楽を聴く。

ジュークボックスから流れるオペラの
胸にしみいる歌詞に 反応する男。

そして、昔ふたりで踊ったダンス。
このダンスのシーンに流れるのは
シャンソン歌手の
コラ・ヴォーケルの歌う「三つの小さな音符」

♪~あなたは忘れたいのでしょ
夏の通りで聴いた つまらない曲を~

嗚呼、あなたはアルベールなのよ!

けれどそっと手を触れた 彼の後頭部には
ナチスによる脳手術の傷跡が くっきりと残っていた。

ひとときの愉しい時間も 刻々と過ぎ
彼はやがて 夜の中を帰って行く。

その後ろ姿に 思わず叫ぶテレーズ。
「アルベール! アルベール・ラングロア!
 あなたは私の夫・アルベールなのよ!」

振り向かずに歩き続ける彼に
夏の夜、店の周辺に そぞろいた人たちが
口々に叫ぶ。

「アルベール! アルベール・ラングロア!」
「止まれ! アルベール・ラングロア!」

この一瞬、彼の記憶が蘇る。
戦争のさなかにいる自分。

アルベールは立ち止まって 両手を挙げた。

そして恐怖の表情を浮かべると
突然、走り出し
その先で 暴走してきたトラックと衝突した。

その衝撃音に テレーズは気を失う。

やがて、どれだけたっただろう。
「あの人は?」
意識を取り戻したテレーズに
彼女に想いを寄せる男が 優しい嘘を言う。

「町を出て行ったよ。もうあきらめた方がいい」

「いいえ、私はあきらめないわ。
 寒い冬になれば きっとあの人は戻って来る。
 冬はぬくもりが欲しくなるの」

第14回カンヌ映画祭・パルムドール賞受賞
1964年キネマ旬報・外国映画ベストテン一位

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