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嫁と姑 愛の葛藤!『華岡青洲の妻 』
増村保造監督 (1967) 大映
原作・有吉佐和子
脚本・新藤兼人
撮影・小林節雄
音楽・林光
1966年に発表された
有吉佐和子の『華岡青洲の妻』は
当時、100万人が読み 感動した 驚異のベストセラーと言われ
この作品により
医学関係者の世界でのみ 知られていた
華岡青洲の名が
一気に 世間に認知されることとなった、とあります。
〇
時は江戸時代末期。
冒頭、
華岡家の裏手の薬草畑に
曼陀羅華(まんだらけ)の 白い花に埋もれるように
於継(おつぎ)がいる。
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八歳の加恵は 乳母 (浪花千栄子)に連れられて
このときはじめて 於継を見た。
「加恵さん、於継さんですえ、美しお人やろ
美しばかりでない、世にも賢いお方や」
この時から 加恵にとって於継は憧れの人となった。
数年後
年頃になった加恵を
息子の嫁に欲しいと 於継が訪ねて来る。
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加恵の家は 紀州では名だたる名家であり
貧乏医者である 於継の家とでは
月とすっぽんであるが
それに臆することもなく
於継は凛として こう言い置いて帰って行った。
「大きな家に嫁いで 事なき生涯を送るか
貧しい家に嫁いで 城を築くか
そのいずれを選ばれるか 考えて頂かして・・」
加恵は 考えるまでもなく
父親の反対を押し切って 華岡家に嫁いだ。
このとき、華岡家の長男・雲平 (市川雷蔵)は
京都で勉学中であり
花婿の席には「本草網目」という薬草の本が置かれていた。
華岡家は貧しく 雲平の学費を稼ぐため
一家の暮らしは 切りつめられ
於継や 雲平の二人の妹たちにならって
加恵も終日、機を織らなければ ならなかったが
優しい於継に見守られ まだ見ぬ夫を想いながら
それは 幸せな日々であった。
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「私が腹を痛めて産んだのでもないのに
お母はんと呼ばれ
私もあんたが ほんまの娘よりも愛しいと思ってるのやして」
雲平が帰ったのは それから三年の後だった。
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ところが それまで加恵を可愛がり
実の娘より愛おしいとまで言っていた 姑の於継は
雲平が帰ったその日から
手のひらを返したように 冷たくなる。
息子の世話や 夫婦のことにまで口を出す於継。
美しく賢い女と言われる 於継も
その素顔は 息子の愛を独占したいがため
嫁に激しい嫉妬心を抱く 一人の女に過ぎなかったのである。
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しかし 雲平との夫婦の情愛も 次第に深まっていき
やがて雲平は 名を青洲と改め
曼陀羅華の花から絞り出した 麻酔薬の研究に励み
動物実験を繰り返し経て
この後は いよいよ人体実験というところに漕ぎつけるが
これを知った 於継と加恵は
競うように 自分の体を提供すると言い争う。
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「私は雲平さんを産んだ親ですよって
この役はどないなことがあっても 私にやらせていただかして」
「とんでもない、大事な姑さんに薬を飲まして
どないして嫁の私が 安閑と暮らせますやろ
この役はどないしてでも 私で試していただかして」
青洲は 二人の申し出を有難く受け
老いた母・於継には 軽い麻酔薬を試み
妻・加恵には 本格的な実験を試みる。
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結果、加恵は三日も目覚めず 副作用で失明したが
夫の役に立ったという想いで 本望だった。
しかしそれを見た於継は
自分が飲んだものが 嫁よりずっと軽いものだったと知り
歯ぎしりをし 泣いて口惜しがった。
やがて 於継が死んだ。
その数年後、
青洲は世界初の全身麻酔で
乳がんの手術を成功させたのである。
そこには
女たちの献身的な協力が あったのは事実だが
その陰にあった 於継と加恵の確執を
しかと見ていた 青洲の妹 (渡辺美佐子)は言う。
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「あの賢い兄が 嫁と姑の確執に気づかぬはずはない
兄は素知らぬふりで それを利用したのだ」
そして 秀逸なラストシーン。
はじまりと同じ 曼陀羅華の白い花の中に
かつての於継の如く 美しく立つ加恵。
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加恵は世間の人々から
夫を助け失明した妻と 伝説的に語られるのを嫌い
それからは いっそう無口になり 人前から姿を消した。
ここで 加恵の若尾文子さんが
曼陀羅華の花の群れの中に すっと身を潜める。
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このシーンが 実に美しく
また 杉村春子さんの語りが 深い余韻を残してくれます。
おしまい