「◯◯がよく使うハンドサイン」が昔話題になった理由を哲学する。
「◯◯がよく使うハンドサイン」が話題になった理由を哲学する。ー身振りと言語的表現の変換の中で何が起こるのか?ー
本文では、数年前にTwitterなどで広く拡散され、特に若者を中心として話題となった「◯◯がよく使うハンドサイン」というコラージュ画像の一種について考察を行う。
なぜ様々なバージョンが量産され、人々の心をくすぐり、広く拡散されるに至ったのか、コラージュの元画像の汎用性の高さと、身振りと言葉におけるねじれの面白さという観点から論じたい。
はじめに、このコラージュ画像の元となったのは、「近距離交戦作戦のための標準的な手信号」という一覧表である。
“Standardized Hand Signals For Close Range Engagement [C. R. E.] Operations”
https://www.quora.com/What-are-the-basic-infantry-hand-signals
これは、アメリカ陸軍が近距離交戦時に駆使するハンドサインを一覧にしたもので、実は公式な一覧表というものは確認できないが、基となる書物としてVISUAL SIGNALS(2007)が陸軍本部より発行されている。
話題となったコラージュ画像は、この一覧表をベースにして、各身振りに見合う文言を付け加え、タイトルに「◯◯がよく使う(覚えておくべきetc.)ハンドサイン(一覧)」という言葉を当てる。◯◯の部分には、人間の属性(職業/出身地/性格etc.)が入れられることが多い。例えば以下の通りである。
「フリーランスのグラフィックデザイナーが覚えておくべきハンドサイン一覧」
https://mobile.twitter.com/_tokuma/status/449775362734424064/photo/1
このコラージュ画像がいつから登場したのかは定かでないが、「少なくとも2012年にはコミケverが存在していた」 という指摘もみられる。2014年には、自分自身でこのようなコラージュ画像を作成できるサイトも存在し、様々なコラージュ画像を手軽に作ることができるようになった。
上記にそれぞれ挙げた、元となる一覧表とコラージュ画像を比較してみると、ある違いがみられる。
元の一覧表には、全部で43個のハンドサインがあるのに対して、コラージュ画像では、12個のハンドサインに絞られている。また、「◯◯がよく使うハンドサイン」一覧が載せられたまとめサイトを調べると、そのサイトでみられるコラージュ画像全てにおいて、選択された12個のハンドサインは同一種に固定されており、配置も全て同じである。
つまり、身振りの内容や数が定められ、配置も変えられないという制約下にあるという点において「◯◯がよく使うハンドサイン」の特徴をみることができる。
上述のような制約下にありながらも、私たちは様々な種類のコラージュ画像を確認できる。
「エヴァファンが普段用いるハンドサイン」
https://mobile.twitter.com/kusapan/status/450119017219379200
「北海道民がよく使うハンドサイン」
https://mobile.twitter.com/Front_Valley/status/450997954057220096/photo/1
「論文提出に追われる研究室で使われるハンドサイン一覧」
https://mobile.twitter.com/asm76269530/status/449761541005393920/photo/1
上記に挙げたコラージュ画像からもわかる通り、たしかに身振りの内容や数、そして配置は全て同じである。しかし、身振りに対応させる文言が各コラージュ画像によって非常に多様である。
ここからは、身振りそれ自体と当てられる言葉に着目してみたい。たとえば、コラージュ画像で一段目の左上にある身振りと対応する文言に注目してみよう。これは、元の一覧表では「Stop」に対応する身振りだ。先ほど例に挙げた3つのコラージュ画像では、「待て」で始まる文言を対応させているので、元々の陸軍におけるハンドサインの意味を含むものであるといえる。
一方で、下記の例をみてみよう。
「ハンドサイン一覧京都編」
https://mobile.twitter.com/kinokuniyanet/status/450533823013326848
「沖縄県民のハンドサイン」https://mobile.twitter.com/m_521/status/451012637485064192
上記の通り、京都県民編では「観光客価格だ」、沖縄県民編では「本の入荷は5日後だ」とし、対応させている文言それ自体からは元々の「Stop」の意味合いが当たらない。
これは、この身振りそれ自体が含蓄する意味合いの広さにより、「Stop」に文字通り沿った文言ではなくとも、身振りとその文言の対応関係を理解することができるのである。
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ここで、そもそも元の一覧表が示す「手信号(Hand Signals)」とは何であるのかということを整理したい。※手信号=ハンドサイン
「手信号」とは、「視覚信号(Visual Signals)」の一種である。では、視覚信号とは何か?
視覚信号とは、判断を必要としたり、近距離ですばやく事前に手はずされた伝言を伝えるために使われる、あらゆる伝達手段のことである。これは味方軍の識別と認識の ための手段であり策略である。
ー“Visual signals are any means of communication that require sight and can be used to transmit prearranged messages rapidly over short distances. This includes the devices and means used for the recognition and identification of friendly forces.” (「Field Manual 21-60 - Visual Signs, Chapter1 Introduction, p. 1」, ENLISTED. INFO)
すなわち、視覚信号の一種である手信号は、軍隊の中においてあらゆる情報を伝えるために使われるものである。
いくつかの手信号は、その伝達内容を遠回しに示す身振り表現であったり、明晰ではない表現もあるとされている。したがって、「伝達内容/言語的表現」と「身振り」の乖離は許容されているという見方もできる。
この乖離の許容という背景によって、コラージュ画像の面白さというのは、言語的表現と身振りがどのように対応させらているのかを多岐に表現できる点にあると考えることができる。身振りひとつから、複数ないし無限の伝達内容/言語的表現を展開できるのだ。
「Stop/待て」の身振りの例からも、その伝達内容は実に様々であった。これは身近な例でもすぐ思い当たる。例えば日本では、「こっちにおいで」と手招きする身振りが、海外では「あっちに行け」という意味になってしまい、全く異なる伝達内容となることがある。
このことはやはり、身振り自体はひとつだが、それを言語的表現に変換する際には、際限なく表現することができるということを示している。
また、「◯◯がよく使うハンドサイン」というコラージュ画像には、日本人にとってあまり身近ではないアメリカ陸軍の動きを、日常的で地域性をふまえた文言と対応させた時の、ねじれの面白さというものがあると考えられる。
本当はこういう意味ではないよね、というところを理解した上で、すなわち本来は、アメリカ陸軍が敵地で接近戦になった際の、非常に緊迫した作戦時に使用されるハンドサインが、日本の土着文化を示す際に使用されているというねじれの構造が面白さにつながっていると考える。
先に述べたように、制約されパッケージ化されたコラージュ画像では、タイトルとその一覧画像、そして伝達内容という全てのまとまり方が、アメリカ陸軍では到底使われないであろう文脈で成立させられており、しかしそれは確かに、(陸軍においても、日本国民においても)同一の身振りとして、それぞれの立場における伝達内容に沿っているというところに、当時の私たちは面白さを感じたと言える。
以上のことをまとめると、身振りそれ自体が含蓄している意味の深淵さと、だからこそ言語的表現に置き換えたときに多様性が生まれるという点で、「◯◯がよく使うハンドサイン」というコラージュ画像は実に様々な作品を生み出し、広く人々の心を掴むことになったのだ。
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当時私も笑わせてもらった「コラージュ画像」。なぜ多くの人々はこれを面白いと感じ、RT数をのばしたのか?
ちょっとした疑問から、少しだけ突き詰めて考えてみました。
※ちなみにトップ画像にも使った以下のハンドサインは、筆者作成の「コロナ禍でよく使うハンドサイン」です。意外と手軽に作れますね…!