デンマークの包括的性教育と若年層のジェンダー規範形成 第3章調査方法
第3章 調査方法
本研究では2段階の調査を実施する。まず第1段階として、デンマーク国内の性教育実践に関わる活動を行っているNGOのスタッフへインタビュー調査を行い、デンマークで現在実施されている性教育の現状を明らかにする。次に第2段階として、デンマークの高等教育機関に在籍する若年層へ質問紙調査を行い、彼らが受けてきた性教育の実態を明らかにするとともに、ジェンダー規範のありかたについて調査する。下記にて、各調査の詳細について説明する。
第3章1節 NGOスタッフへのインタビュー調査
調査日 :2024年1月30日
調査対象者 :NGO団体 Sex og Samfund, Jeppe Hald氏
調査方法 :半構造化インタビュー
この調査の目的は、1)デンマークにおける学校性教育の概要・現状を把握すること、そして2)それを基にして次段階に行う質問紙調査の質問票を作成することである。今回インタビュー対象の団体として選定したのは、デンマークで60年以上の歴史を持つ、国内最大級の性に関する市民社会組織であるSex og Samfund(デンマーク家庭計画協会、Danish Family Planning Association、以下DFPA)である。1956年設立の当団体は、その当時多くの若い女性が望まない妊娠によって困難に陥っていたという背景に由来しており、医師のAgnete Bræstrup(アグネテ・ブレストロプ)氏を先頭に女性医師たちのグループによって設立された(DFPAホームページ)。当団体は、国際的なヘルスケア・プロバイダーであり、性と生殖に関する健康と権利のアドボカシーを率いる国際家族計画連盟(the International Planned Parenthood Federation, IPPF)の一員(※IPPFは全世界140カ国に20,000任以上のメンバー、143以上の組織が活動)である。また、2008年より当団体は「Uge Sex」(デンマーク語でWeek Six、第6週の意味)というキャンペーンを実施しており、2月の初旬の一週間、全国の小中学校・高等学校で性教育に特化した取り組みが行われる。Uge Sexでは毎年ひとつテーマが定められており、2024年のテーマは「スクリーン・ボディ」が掲げられ、ソーシャルメディア上で子どもたちが出会う規範や身体に対する狭い理想について取り上げた。今年は24,000名以上の先生方から登録があり、過去最大の規模となっている(DFPA、n.d.)。このようにDFPAはデンマーク国内では最大規模の団体であり、国内の学校現場に大きな影響力をもち、性教育普及を牽引している存在と言えると考え、今回のインタビュー対象としてお話をうかがうことにした。お話を伺ったのは、インターナショナルセクションでプロジェクトマネージャーを努めるJeppe Hald(イェッペ・ハルド)氏である。半構造化インタビューの形式で、事前に質問リストをお送りし、当日もそのリストにそってお話をさせていただくという形をとった。インタビューを行ったのは2024年1月30日である。
第3章2節 若年層への質問紙調査
調査期間 :2024年2月17日~2月25日
調査対象者 :デンマーク国内の高等教育機関に在籍する18~30歳の若者
調査方法 :Googleフォームを用いたスノーボールサンプリング
この質問紙調査の目的は、これまでに受けた性教育の内容とジェンダー規範形成の関係性を明らかにすることである。調査対象者となる「デンマークの若年層」の定義としては、デンマークの高等教育機関に在籍する18〜30歳の若者とした(国籍・出身地は不問)。調査票の媒体としてはGoogleフォームを用い、大学のカフェテリア等で筆者が直接回答者に声をかけ、その回答者の友人や知り合いにフォームをさらに送付してもらうというスノーボールサンプリングの手法をとった(Googleフォームの送信をもって本調査への協力に同意を得た)。質問票はA:属性、B:性教育経験、C:ジェンダー規範、D:性知識問題の4つに分かれている。B:性教育経験、D:性知識問題については、一般社団法人日本性教育協会(2019)による第8回青少年の性行動全国調査の調査票項目を参考にした。またC:ジェンダー規範の質問項目については、同じく一般社団法人日本性教育協会(2019)の第8回青少年の性行動全国調査、鈴木(1994)による脱男性役割態度スケール(SARLM)、Moreauら(2021)によるGender Stereotypical Roles (GSR) スケール、Brown(2012)によるGender Roles Beliefs Scale (GBRS)を参考にして、本調査独自の項目を作成した。A~Dのそれぞれの質問事項は以下の通りである。
A:属性
性別
年齢
出身地
兄弟の有無
居住形態
15歳時点の両親職業
親の家事育児分担
B:性教育経験
性教育の内容(妊娠の仕組み 、セックス(性交)、避妊の方法、人工妊娠中絶、自慰、HIV/エイズ等の選択肢から複数回答)
教わり方(教科書を読む、動画やビデオの教材を見る、クラスでディスカッションをする等の選択肢から複数回答)
性教育が役に立つという実感
性行為や避妊方法についての情報源 (親や兄弟、友人、付き合っている人、学校、インターネット・アプリ・SNS等から複数回答)
友人との性に関する会話頻度
家族との性に関する会話頻度
C:ジェンダー規範の測定
以下の4領域・11問について、「とてもあてはまる」「ややあてはまる」「あまりあてはまらない」「全くあてはまらない」「わからない」の5段階で評価してもらう方式をとった。
領域1:<家庭でのジェンダーロール>
女性は働いていても、家事・育児の方を大切にすべきだ
男性は結婚する以上妻子を養う義務がある
男性も、働く女性同様、仕事と家庭の両立をはからなければならない
領域2:<男らしさ、女らしさ>
男性の成功をはかる最大のものさしは経済力である
異性間での恋愛のイニシアチブは通常、男性が取るべきである。
女性よりも男性の方が、性欲が強い
男性は弱音をはいたり涙を人に見せたりしても良い
悪口や卑猥な言葉は、男性よりも女性の方が嫌悪感を抱かせる。
領域3:<意思決定権>
家庭内の決定については男性が最終決定権を持つべきである
領域4:<同性愛に対する態度>
同性と性的行為をすることがあってもかまわない。
同性愛者である友人を持つことに抵抗はない。
D:性知識問題
以下7問について、「正しい」「間違っている」「分からない」の3段階で評価してもらう方式をとった。
膣外射精(外だし)は確実な避妊方法である
排卵はいつも月経中に起こる
精液が溜まりすぎると身体に悪い影響がある
クラミジアや淋病などの性感染症を治療しないと不妊症になることがある
この10年間、世界では新たにHIVに感染する人とエイズ患者は減少しつづけている
ピル(経口避妊薬)の避妊成功率はきわめて高い
性感染症にかかると、かならず自覚症状が出る