デンマークとスウェーデンの地方創生:第七章・ボーンホルム島
概要
ボーンホルム島は人口4万人弱のデンマーク本土から180km離れた離島であり、仕事や教育の機会を求めたり、10%以上の高い失業率が続いたりしたことで人口の流出が続いた。そこでエネルギーの島として再生可能エネルギーの導入を促進したり、地域の豊かな自然や文化を活かした芸術家や起業家の移住を進めたりしたことで、移住者の人口が人口の流出を上回るようになり、ボーンホルムの社会に良い影響がもたらされている。
この記事では、「デンマークとスウェーデンの地方創生」の第七章を閲覧いただける。
第七章では、ボーンホルム島の事例について記述している。
7-1. ボーンホルの概況
ボーンホルム島は、スウェーデンの南に位置するバルト海の島である。ボーンホルムはデンマークの領土であるが、地理的にはスウェーデンや島の南西に位置するドイツや南東に位置するポーランドの方が近い。実際にデンマークとボーンホルムは180km離れているのに対して、スウェーデンとの距離は37kmである。ボーンホルム島の面積は588.36 km²であり、日本の淡路島とほぼ同じ面積である。島の形は東西に40km、南北に30kmと平行四辺形のような形をしている。
人口は2023年1月の時点で39,602人である。デンマークからアクセスするには航空機を使うかスウェーデン南部の街からフェリーを使う必要がある。主な産業は歴史的にバルト海で行う漁業や良質な乳製品を中心とした農業、そして農機具などの機械産業の三つが中心であった。近年の最大の産業は観光業である。ボーンホルムは「バルト海の宝石」とも称される美しい海やビーチがあり、夏の繁忙期にはデンマークや外国から多くの観光客が訪れる。また曇りや雨の日が多いデンマーク本土とは違い、ボーホルムは海洋性気候によって比較的良好な気候条件を有しているため、デンマークや同様の気候が多い北欧などから人気を集めている。毎年約70万人がボーンホルムを訪れ、観光によって3千人の雇用と年間26億クローネ(約452億円)の収入がもたらされている。またデンマーク本土とは異なる独自の文化や風土を有するボーンホルムは、それらの特徴を活かしたアーティストが多く在住している点も特徴である。
7-2. ボーンホルムの歴史
島の人口は、1970年代ごろから減少を続けてきた。第二次世界大戦後の経済成長期を経てデンマークは他の先進諸国と同様に、高等教育が社会に浸透していくようになった。しかし、ボーンホルムには大学がないため、高校を卒業すると高等教育の機会を求めて若年層が島外へ流出することになった。
また1990年代以降高い失業率が続いており、仕事を求めて島外へ移住する人が増加していった。特に1990年代前半以降、EUの漁獲制限によってバルト海の漁業が急速に衰退していったことで、それまでのボーンホルムの雇用を支えた一つであった漁業での雇用が急激に失われることになった。これによって1993年には失業率は14%にまで悪化し、10年後の2003年まで毎年失業率は10%を超え、1993年からの10年間で11%の雇用が失われた。
この間に人口は2千人近く減少し、それを受けてボーンホルムの自治体は社会的サービスを維持するために自主的に合併を進め、島に5つあった自治体は現在の1つに統合されることになった。また2008年の経済危機によって機械業などに大きな打撃が加わり、2008年から2015年に雇用が安定するまでの7年間で雇用は更に10%減少している。
その結果、ボーンホルムの人口は1968年の4.8万人をピークに減少の一途をたどり、2015年には4万人を切ることになった(Statistikbanken)。若年層を中心に島外への人口流出が続いたため、ボーンホルムでは少子高齢化が進んだ。2007年の65歳以上の高齢者の割合は19.5%だったのに対して、2018年の高齢者の人口の割合は28.5%にまで増加している。
しかし、2014年以降は島外からボーンホルムへの移住者の増加という傾向が見られるようになっている。それまでに進んでいた少子高齢化の影響によって人口の自然減少の幅が大きいため、人口数の増加にはつながっていないが、移住者増加による人口の社会増加が見られるようになっている。その結果、人口減少率は鈍化しており、2008年から2015年までの8年間で人口は42,817人から39,828人と2989人減少したのに対して、2015年から2022年の8年間で人口は39,828人から39,602人と262人の減少だった。また2020年末から2023年1月に関しては103人の人口増加となっている(Statistikbanken)。
人口が増加するきっかけになったのは、ボーンホルムの文化や自然、食といった魅力を利用した観光業や飲食業関連の起業を志す人々や芸術家を中心に、移住者が増加したからである。実際に2014年以降、農業・漁業や機械製造業、行政、保健衛生といったセクターでは雇用数が減少する一方で、宿泊業や飲食業のセクターの雇用数は増加している。
移住の促進に加え、ボーンホルムではエネルギーの島としての開発も進んでいる。ボーンホルムの主要産業は観光業や農水業であるが、これらの産業を持続可能なものにするという取り組みも進んでいる。
以下では、ボーンホルムの新しい動きを詳しく見ていくことにする。
7-3. エネルギーの島としての開発
ボーンホルムがエネルギーの島として開発を進めるきっかけになったのは、人口減少が進んでいた2008年に考案された「ブライトグリーン・アイランド」である。考案された背景には、人口や雇用の減少という問題を抱える中で小さな島であるボーンホルムの存続のためには「持続可能性」が重要であるという考えがあったことが挙げられる。この構想はボーンホルムの行政が発表したものだが、住民を巻き込みながら島の今後のビジョンを作りたいという思いから何度もタウンミーティングを重ねて完成に至った。またこの構想の中には、ボーンホルムは持続可能な社会を第一に考えることで、その延長線上として自らのブランドを確立し、同時に観光客や島外の企業にとって、より魅力的な存在になろうという考えも含まれている。具体的な目標としては、2025年までに100%持続可能でカーボンニュートラルを達成することを掲げている。そのために、環境エネルギー関連の企業の誘致や既存の観光業や農水産業などの産業の脱炭素化を進めるという政策を実施している。
そしてボーンホルムは企業を誘致し、島に雇用を生むために様々な制度を整えている。具体的には、ボーンホルムは島をロラン島と同様に環境エネルギー関連のテクノロジーや第一次産業などを活かした先端テクノロジーの実証実験の場として提供し、企業の誘致を進めようと考えている。またそれらの企業に供給する人材の育成を行うため、島に職業訓練校を設置し、地域の企業へ人材を送ることで連携を深めようとしている。
ボーンホルムは、特に再生可能エネルギーの導入に力を入れている。再生可能エネルギーを導入するにあたって、電力系統を運営するグループ企業Bornholms El-Netやデンマーク工科大学(Technical University of Denmark)のPower Lab、大規模な実証プロジェクトであるEcoGrid 2.0が中心となってエネルギーの発電・供給のシミュレーションを行った。その結果としてボーンホルムの農畜産業からの廃棄物などを利用したバイオマス発電による熱電併給を軸としながら、風力発電や太陽光発電を組み合わせるという計画が策定された。シミュレーションでは、太陽光発電による発電ポテンシャルが大きかったことが新たに分かった。デンマーク本土では風力発電が電力源の半分近くを占めており、太陽光発電による電力は数%しかない。しかし、ボーンホルムでは風力発電については、最も安価に発電することができる方法ではあったものの、生態系に対する悪影響が懸念されたため、地元議会の決議によって電力の構成から除外することが決定された。ボーンホルムでは安易に再生可能エネルギーの導入量を増やすのではなく、他の環境要因を考慮に入れた上での持続可能性を志向した判断を行っていることが分かる。
ボーンホルムでは2017年には石炭火力発電所をバイオマス発電に転換し、ボーンホルムの1年間の電力消費量である230GWhの大半を、地域で排出された木質チップやワラを利用して発電できるようになった。2023年現在では、平常時には100%のエネルギーを再生可能エネルギーによって賄うことができている。このような取り組みの結果、2019年にはEUで最もサステイナブル島としてRESponsible island Awardを受賞した。(Ferieøren Bornholm, 2019)
また自地域の再生可能エネルギーの導入だけでなく、他地域に再生可能エネルギーを供給するという計画が進められている。2020年にデンマークは洋上風力発電の世界的な大手企業であるØrsted社を中心に、世界で初めて洋上風力発電を中心とした再生可能エネルギーを集めるハブとして、デンマークや周辺のヨーロッパ諸国に輸出するというエネルギーアイランド計画を発表した。そのエネルギーアイランドの一部は、ボーンホルムの沖合20kmに作られる予定である。その人工島では2030年までに2GW、将来的には3~5GWを発電する洋上風力発電パークを建設し、デンマーク、スウェーデン、ポーランドに海底ケーブルを使って電力を輸出する予定である。
7-4. 既存産業の動向
ここでは従来からのボーンホルムの基幹産業であった観光業、飲食業、農畜産業・食品加工業について見ていく。
観光業
ボーンホルムの観光業ではデンマークで主流のマスツーリズムではなく、持続可能性を重視したスローツーリズムや地域の食文化やボーンホルム独自の自然と関わる経験やアウトドアなどのユニークな体験のマーケティングを行っている。例えば、近年日本でも人気を集めているキャンプやグランピングの施設を拡充し、自然を体感できる機会を提供している。同時に低コストで宿泊しながらボーンホルムの生活を体験できる民泊や夏のバカンスでの利用を見越したサマーハウス、そして富裕層向けのラグジュアリーホテルなど、多くの選択肢を提供している。その他にも、環境問題についてのワークショップを開催するグリーンソリューションハウスといった宿泊施設も存在している。
観光業は環境への多くの負荷を与えることから、ボーンホルムはグリーンツーリズムを促進し、持続可能な観光業のあり方を模索している。例えば、ボーンホルムは他のヨーロッパの地域に先駆けて、島全体で排出されるゴミを完全にゼロにするというルールを定めている。具体的には2032年までに焼却炉を廃止し、すべての廃棄物を再利用するという目標を立て、厳格なゴミの分別のルールを定めている。分別についての厳しいルールをボーンホルム全体で遵守していくため、住民を巻き込みながらリビングラボの手法を使って分別を上手く進めていくためのアイディアを考案し、実行に移すということを続けている。
飲食業
ボーンホルム観光の魅力の一つである「食」については、無農薬やオーガニック、地産地消などの環境に配慮した食事を提供する飲食店が増加している。背景としてはデンマークの世界的なレストランであるNomaのシェフが始めたニューノルディックフードの流行がある。ニューノルディックフードはNomaのシェフが打ち出した以下の新北欧料理マニュフェストを遵守している料理のことを指している。
ボーンホルムでもニューノルディックフードのレストランは増加しており、中でもレストラン・カドゥー(Kadeau)はミシュランの星を獲得している。カドゥーを始めとしたボーンホルムの飲食店は、無農薬やオーガニックといった環境への配慮を重視しながら、マニュフェストにあるように近海のバルト海で採れた魚介類や地元の乳製品や野菜を使ったボーンホルムの伝統的な料理を提供している。自治体としてもオーガニックの食品を拡大するため、自治体で提供される食事についてはオーガニックのシェアを2016年時点で60%まで増やしており、2013年の5%から大幅に増加している。
一方で、全体としてはこれらの取り組みの割合はまだ大きくはない。ボーンホルムで消費される商品の内、オーガニック製品が占める割合は5%であり、全体としては小さい割合に留まっている。また地元産の食材を原材料とした食品の提供は、自治体が2020年までに40%にするという目標を掲げたが、2020年までに達成することはできなかった。また有機農業の面積は4.4%であり、全国平均の6.7%を下回っている。ボーンホルムの自治体は有機農業の割合を2025年までに20%に拡大するという野心的な目標を打ち出し、有機農業の拡大を後押ししている。以上のように、オーガニックや地産地消といった動きはボーンホルムで着実に意識され、実行されているが、現在では多くの伸び代を残している段階である。
農畜産業・食品加工業
農畜産業については、ボーンホルムは観光業と同様に、デンマーク本土の農業の大部分とは異なる方向で発展することを選択した。デンマーク本土で主流の単一栽培や大規模農場での大量生産の代わりに、ボーンホルムではグルメエリアでの小規模な生態系食品生産に注力するようになった。その結果、より多くの雇用が生まれ、より価値のある製品を生み出すことができるようになった。自治体はこうした小規模な食品生産者の製品を購入し、観光庁に提供することで、生産者の支援を行っている。
ここ数年でボーンホルムの地域の食文化が発展し、品質と食の安全にこだわるようになり、食品製造が現代のトレンドに沿った形となったことで食品加工業が再び活気を取り戻している。「ボーンホルム・ブランド」は、ボーンホルム島は伝統的に養豚と乳製品で知られ、長い間デンマーク本土や他の地域に輸出されてきた。現在ではこれらのブランドは、有機食品や持続可能性、純度、品質といった言葉と関連付けられているという分析がなされている(Bogason, 2020)。特にブルーチーズは世界的な賞を受賞したり、上述したカドーは2016年にミシュランの星を獲得したり、2020年にDet Røde Pakhusがミシュラン・プレートアワードを受賞したりするなど、ボーンホルムの食のブランドは世界的に認められるようになってきている。これらの食材をボーンホルムのレストランやホテルに提供することで、ボーンホルム全体として環境に配慮された安全で質の高い食文化を形成するという土壌が生み出されている。
以上のような取り組みが功を奏し、アメリアの大手出版社であるコンデナスト・トラベラー(condé nast traveler)が発表した「ヨーロッパで休日を過ごしたい島」ランキングで、ボーンホルムは2位にランクインすることになった(Ferieøen Bornholm, 2019)。
7-5. 民主主義フェスティバルの開催
そのほかの新しい動きとしては、民主主義フェスティバルの開催が挙げられる。スタジオジブリの映画である『魔女の宅急便』の舞台の一つになっているとされているスウェーデンのゴットランド島の事例を参考に、ボーンホルムは2011年からデンマークの民主主義フェスティバル「Folkemødet(民衆の集い)」を導入した。この集会は民衆と政治家が一堂に会し、デンマークの政治家が重要な時事問題について討論する場が提供される。初年度となった2011年の来場者数は1万人だったが、今では10万人以上の来場者を集めるイベントに発展している。Folkemødetはメディアの注目を集め、デンマーク国内外にボーンホルムを積極的にアピールする上で重要な役割を果たしている。
またこのイベントをきっかけに、ボーンホルムの話題は人口減少や地域経済の衰退といったネガティブな話題から、観光や民主主義フェスティバルの開催などのポジティブな側面に光が当たるようになったという。インタビューに回答した一人は、「メディアにおけるボーンホルムの表現方法が変わり、ネガティブなニュースから、よりポジティブな記事に変わりました。以前は、経済縮小や人口減少の話ばかりだった。以前は経済縮小や人口減少の話ばかりでしたが、今は持続可能性やイノベーションの話になっています」と語っている(Bornholm Vækstforum, 2014)。近年ではボーンホルムが力を入れている気候変動の問題についての議論が増えており、環境問題に対する政治的なプレゼンスを高めることを狙うとともに、ボーンホルムの環境問題に対する取り組みを加速させることを図っている。
7-6. ボーンホルムの移住政策
ボーンホルムでは、起業支援に積極的である。地元では新しい起業家を支援する取り組みがいくつか行われている。例えば、起業の支援を行うボーンホルム・ビジネスセンターが設置され、ビジネスセンターが主体となって地域の学生向けに起業に関する教育を提供している。またEUの助成金を利用しながら新しい起業家のために、手頃な価格のオフィススペース施設、ビジネス指導、ネットワーク構築の機会の提供を行っている。更にBornholms Landbrugは、今後のボーンホルムで成長が期待されている食品・農業分野に注力するために、これらの分野の起業家向けにコンサルティングサービスを提供している。
またビジネスセンターは、島外の企業がボーンホルムに移転する際の支援も行っている。ビジネスセンターの社員が移転を考えている企業と一対一の面接を重ね、移転後のマネジメントやボーンホルムでのビジネス拡大に関するコンサルティングやマーケティング支援、ファイナンス支援、島外への製品の輸出支援、現地での人材採用支援などのサポートを行っている。
また移住の促進としてボーンホルムの自治体はコペンハーゲンなどデンマークの都市部に比べて住宅の家賃や生活費が低く抑えられることから、スモールビジネスからの起業でも生活を成り立たせることができる点を強調し、起業を志す人々の移住を積極的に呼びかけている。住宅については移住者向けに今後数年間で、約1000戸の新しいアパートと200戸の新しい家族向け住宅が計画されている。この計画では、それまでボーンホルムにはなかった学生や独身者向けの新しい建物の建設が計画されている。新しい建築物は環境に配慮された建設基準に基づいて建設される予定であり、特に断熱による省エネや再生可能エネルギーの利用に重点を置いている。
また離島ならではの人々のつながりの強さから、治安の良さが生活のメリットとして述べられている。またボーンホルムには、島の規模に比しては充実した大きな病院がある。またボーンホルムで必要な手術ができない場合には患者をヘリコプターでコペンハーゲンに運び、そこで必要な手術を受けることができる体制が整っている。以上のことから、自治体は医療に関する心配事を解消しようと努めている。
教育については、中等教育、高等学校、職業教育が併設された「キャンパス・ボーンホルム」が新設された。ここでは前述した通り、ボーンホルムの企業に必要な人材を供給するための職業訓練の場として機能することが目的とされている。しかし、現在のボーンホルムの雇用市場と生徒の意欲が一致していないという問題がある。そのため、職業訓練を受けても島外に若者が流出してしまうという問題が存続しているため、魅力的な雇用を島に創出することが求められている。
またボーンホルムのすべての中等教育機関がキャンパス・ボーンホルムに集約されたことで、それまで地域にあった中等教育機関が廃校になってしまい、それまでの少人数での教育の良さが失われてしまったという声も上がっている。
長年減少し続けていた雇用については、企業の誘致や起業の促進によって2018年から2028年までに新たに1000人の雇用を作ることを目標に掲げ、2028年までに島の人口を2023年現在より約2万人多い4万2千人にするという目標の達成を図っている。
移住に際してネックになっていた、コペンハーゲンなどとの他都市のアクセスについても、改善が見られている。例えば、スウェーデンのイスタッドからボーンホルムの間の海路では高速フェリーが就航するようになり、自動車を積んでスウェーデンやデンマークに行くことが容易になった。高コストというデメリットもあるが、コペンハーゲンを25分で結ぶ空路も毎日多くの便が就航している。更にボーンホルムの最大の港であるローヌの港に対しては、近年インフラ投資が増加しており、港の拡張が実現すればバレンツ海域における国家間輸送の重要なハブとして大型の船舶を受け入れられるようになることが期待されている。
7-7. ボーンホルムの移住者の増加とその活動
前述したように2014年以降は島外から移住してきた人口が島外に流出する人口を上回り、人口の社会増加を経験するようになっている。移住者が増えている要因は豊かな自然に囲まれながら小さな生業を軸にした起業を行い、自由に生活をしたいという人々が増加している。起業は宿泊業や飲食業関連のセクターで増加している。
また起業家だけでなく、芸術家の移住も増加している。ボーンホルムは良質な粘土質の土が豊富に取れることから陶芸が盛んであり、多くの陶芸家がボーンホルムで活動を行っている。2017年には工芸活動を促進する団体であるworld craft councilによる「クラフト・リージオン賞」を世界で初めて受賞した。受賞理由については、ボーンホルムの工芸分野の質、信憑性、水準の高さに加えて、ボーンホルムには工芸工房や博物館、ビエンナーレ、教育施設などの豊かで充実したエコシステムが形成され、それが地域社会の活性化に大きな役割を果たしていることであった(World craft council Europe, 2017)。その他、伝統的な吹きガラスの技法を駆使したガラス工芸も盛んである。
このような起業や移住の具体例をいくつか紹介したい(The New York Times, 2017)。例えば、コンテナー・ユヴェレンというお店を開いている芸術家のギデ・ヘレは、2014年にアトリエをコペンハーゲンからボーンホルムに移した。移住した理由はボーンホルムで盛んな陶器のかけらを活かした作品を作るためであると語る。ボーンホルムでは自分の作品を販売する店を開きながら、夏には週に二回ワークショップを開催しながら生計を立てている。またハーベングッドという雑貨屋さんを開くマイケル・スタギナスとヘレ・ヴィルスベクのカップルは、2011年のコペンハーゲンから移住し、ボーンホルムで作られた陶器の小物や家具、ヴィンテージ玩具などを販売し、成功を収め、コペンハーゲンに戻って2号店をオープンすることになった。ボーンホルムの一号店は拡張され、夏の繁忙期に合わせて営業されている。観光業に関する例では、サーファーであり臨床心理学社でもあるデニー・ヒルディングが開くボーンホルム・サーフ・ファームは、14のベッドとキャンプ場、野外バーベキュー場などを揃えている。そこでは薪ストーブで沸かすバスタブやホテルに併設されたニワトリ小屋で採れた新鮮な卵を使った朝食を楽しむことができる。またオーナーの臨床心理学の知見を活かし、スマホなどのデジタル機器から距離を置くためのキャンプツアーなどを開催している。また2017年に開業したホテル・ヌールランはナチュラルな色彩や木の質感を活かした造りになっており、地元の食材を使った北欧風のフレンチ料理やボーンホルムで作られたワインやビールを楽しむことができる。
以上のように、ボーンホルムは起業や企業誘致を通して雇用創出を図っている。それらの企業に優秀な人材を輩出するために、新しい教育機関を設立するなど教育にも力を入れている。教育面では問題も残っているが、ボーンホルムは医療や住宅、交通面での生活の不便さの解消のために多くの計画を進めている。その結果として、観光業・飲食業での起業や芸術分野を中心に移住者の増加が見られており、島の自然や文化を生かした活動をしていることが読み取れる。
7-8. 小括
ここでボーンホルムの事例についてまとめる。
ボーンホルムは1970年代ごろから仕事や高等教育の機会を求めて人口の流出が続き、1990年代に漁業が打撃を受けたことで失業率も悪化し、人口減少と少子高齢化という問題を抱えた。
このような状況の中でボーンホルムは、市民との協議の中でグリーンブライトアイランド構想を打ち出し、再生可能エネルギーを中心に雇用を生み出し、持続可能な島を創ることを進めた。さらに島の自然資源や食、文化を活かした観光業にも力を入れた。サステイナブルな観光業や農畜産業による食文化を目指したことで、環境保全や脱炭素を進めながら島外からの観光客を呼び込むことに成功した。また民主主義フェスティバルを開催し、島に別の魅力を作り、明るい話題が増加している。
離島という地理的なデメリットについても、起業家教育といった特色ある教育機関を設立し、島での起業を促すとともに、環境エネルギー産業を中心に企業誘致を促して雇用の創出も図っている。移住者のための住宅や学生や独身者のための住宅の整備も進み、医療についても大規模な病院の建設やドクターヘリの整備によって問題を克服しようとしている。また港湾の再開発によって交通の利便性も向上させる計画も進められている。
その結果として、近年では観光業や飲食業関連で起業を志す移住者が増加している。それと同時に島の自然資源や文化の魅力に惹きつけられ、芸術家の移住も進んでいる。
以上のように、ボーンホルムは島の持つ資源を最大限に活用しながら、再生可能エネルギーと移住促進を軸に地方創生を進めている。
7章の参考文献
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Exploring Bornholm, 「ボーンホルム島の事例」
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Statistikbanken https://www.statistikbanken.dk/statbank5a/default.asp?w=1440(最終閲覧日:2023年5月7日)
Visit Bornholm, Bornholm Bright Green Island Website
World craft council Europe, 2017, Craft cities in focus: Bornholm,
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次章:第八章・考察:
その他の章:
第一章・概要:https://note.com/japanordic/n/n9a65072dc51f
第二章・スウェーデンの地域政策:https://note.com/japanordic/n/n4252f89ef077
第三章・マルメ:https://note.com/japanordic/n/n26e33b74518c
第四章・イェムトランド:https://note.com/japanordic/n/n44a1af3ee347
第五章・デンマークの地域政策:https://note.com/japanordic/n/na6b100a4a0aa
第六章・ロラン島:https://note.com/japanordic/n/n06f49becdd3b
第七章・ボーンホルム島:https://note.com/japanordic/n/n9bc056ddf635