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ミレニアル世代に安心の保険を!

わかりにいくい保険サービスを、使いやすいアプリとカスタマイズで魅力的に

文責:安岡美佳
2019年5月15日

毎日の生活で、安心・安全を感じられることは、幸せな生活に欠かせないファクターである。デンマークには、トリュックヘド(Tryghed)という言葉があり、よく知られるようになったヒュッゲ(Hygge、 家族や気のおけない友人などと心地よい時間を過ごすこと)と並んで、他国語に翻訳するのが難しい言葉の一つとされている。トリュックヘドは、あえて訳すならば、「安心や安全を感じられること」であり、形にならない心休まる豊かな感覚を指し示している。では、どうしたら私たちは毎日の生活で安心・安全を感じられるのだろうか。

安心・安全を感じたい、と多くの人が考えたことで誕生した仕組みの一つが保険だ。しかしながら、保険は今の我々の生活を幸せに、安心・安全に感じさせることに成功しているのだろうか。どうやらそうは思えない。例えば、デンマークでは保険の加入率が大幅に減っている。従来の利用者は加入し続けているとはいえ、次世代の利用者であるミレニアル世代の新規加入者が確保できないのだ。

ミレニアル世代へ訴求するサービス提供は難しい

1980年代から1990年代にかけて生まれ、2000年代に成人あるいは社会人になるミレニアル世代は、これからの消費活動を牽引する世代として、高齢者に並んで注目されている。しかしながら、それまでの世代と異なる特徴を持っていると言われ、そのために企業などからはどのようにアプローチしていいかわからないとも考えられている。

よく指摘される特徴は、デジタルネイティブであること、他者との多様性を受け入れること、個人主義でありながら仲間とのつながりを重視すること、などだ。何を考えているかわからない、仕事よりも自分の趣味や家族を優先するし、一つ前の世代のように新しいものを欲しがってもくれない。ミレニアル世代の対応に悩んでいる企業や産業は意外と多い。悩み多き業界の代表格が保険だ。

加入率は30~35%、入らない理由は「よくわからないし……」

保険は長い歴史を経て人生に安心をもたらす助け合いの仕組みとして成長してきた。先が読めない現代においてもおそらく保険を持つ意味はそれなりにあるはずだが、重要性はミレニアル世代に認知されているとは言い難い。

Googleの調査によると現在のミレニアル世代以降の保険加入率は35%、別の調査では2020年には30%にとどまると見られており、これが保険業界に懸念を引き起こしている。ミレニアル世代に保険に入らない理由を聞いたインタビュー調査は数多くあるが、彼らのメッセージはわかりやすい。「複雑すぎてよくわからない」「費用対効果を感じられない」「分厚い契約書、長期にわたるコミット、そして内容のはっきりしない保険パッケージ」。ミレニアル世代の混乱と困惑は、決して理解できないわけではないだろう。

ところが、デンマークに2017年に登場したアプリUNDO(アンドゥー)が、この現状を大きく塗り替えようとしている。

くだらない保険なんていらない オンラインで完結する保険アプリUNDO

UNDOはミレニアル世代をターゲットに2017年にローンチしたアプリベースの保険サービスである。 北欧最大手の保険会社トリュックが2,500万デンマーククローネ(約4億1,125万円)を初期投資し、レインメーキング(Rainmaking)というベンチャー支援企業と共同で開発に取り組み、12か月でサービスを立ち上げた。

UNDOのサービス紹介映像(こちら)が秀逸だ。重低音の響くアップビートの曲に乗り、のっけから金正恩らしき人がロケット(核弾頭?)の発射を見守っているシーンや、コペンハーゲンの洪水、ドナルド・トランプ米国大統領が叫んでいる映像に続き、「やり直し(undo)できないことはある」とメッセージが現れる。その後、「でもやり直し(undo)できることもある」というメッセージが表示され、画面が割れたスマートフォン、トイレに落ちて水に浸かったスマートフォン、コーヒーを被ったパソコン、空き巣、片輪が盗られた自転車……といった、デンマークの若者ならば身近に感じるであろう「被害」映像がテンポよく流される。最後に、Cut the crap insurance (くだらない保険なんていらない)というコピーが出て映像は終了する。

UNDOの特徴は、あえていうならば次の3つ。オンラインですべて完結する、簡単、透明性が高くてわかりやすい、だ。保険サービスの購入、被害報告、保険金受け取りが、すべてスマホから処理できる。ホームページを開いて自分用にカスタマイズされた保険を購入するまで約90秒という売りだが、確かに質問に答えていくだけで簡単かつ明確に保険料が算出される。デザインも秀逸だ。シームレスにプロセス統合されており、ユーザージャーニーが適切にデザインされているから、デジタルアプリとして使いやすいのはもちろん、どのような項目にいくら保険を支払っているのか、保険サービスとしても非常にわかりやすく丁寧に可視化されている

電子国家ならでは、個人番号とオープンデータを組み合わせて保険料を算出

保険の購入プロセスは次のようなものだ(こちらも参照)。ウェブサイト(Undo.app)を開くと、「保険って実は簡単だよ」というメッセージがまず目に飛び込んでくる。そして、「あなたの保険料を算出する」というボタンを押すと、まずスマートフォンのOSとバージョンを選択後、年齢や就職状況、住所、家族構成などを聞かれる。最終的に、「あなたの保険は次のようになります」とカスタマイズされた保険プログラム提示されるのだが、何にいくらかかっているかが一見して把握できる。また、提案された項目以外にも付帯したい保険項目があれば、追加することもできるし、なんと毎月変更を加えることも可能だ。

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UNDOのスタート画面

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入力した情報に基づいて提案された保険プログラム。内訳がわかりやすく示されており、追加や変更もフレキシブル

最終的に保険を申し込む時には、個人番号電話番号を打ち込むことになっている。これらの情報は、電子政府国家デンマークでは、住所や家族構成などと紐づけられているので、企業側はそれによって簡単な個人確認ができるようになっている。上記の保険料算出の質問プロセスでも、居住住所を打ち込むと家の広さが数秒で掲示される点など、各種オープンにされている公共データベースが活用されていること、それが最終的な保険額に影響してくるのだろうなということがわかり、電子政府国家デンマークらしいと思わされる一幕である。

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契約には個人番号の入力が必要

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住所を入れると家の広さが示され、「この面積で合っていますか?」と聞かれる

スタートアップと大企業の協働の底力

このUNDOというアプリは、北欧で最大の保険会社トリュックがスタートアップに出資する形でコミットし、レインメーキングと仕掛けた保険サービスであることは前述したが、トリュックのCOOであるラース・ボンデ氏が、興味深いことを言っている。

UNDOは、保険を扱うテクノロジー企業であり、保険会社がアプリを展開したわけではないんだ。通常トリュックがデジタル技術を導入するときは、何十年も存在してきた我々のコア事業である保険の枠組みの中で電子化を展開する。そのため、もし自社だけでイノベーションを起こそうと考えても、単に同じことを繰り返してしまうだけになるリスクは非常に高い。だからこそ、我々はデジタルな顧客体験を作りだすことに精通しているレインメーキングと組んだんだ」

保険の必要性は理解していても、多くの人にとって保険契約はわかりにくく、煩雑で、高額になりがちで、よくわからないがゆえに不安が募る。保険に加入する時に多くの人は、いくら熟読しても何が保険でカバーされて何がされてないのか理解困難な契約書にまず取り組まなくてはならない。そして、長期にわたるコミットを求められる契約を済ませた後も、自分が何を買ったのか明確に理解できていないことがあり、時に利用者は保険という深く暗いブラックボックスを前に騙されているような気すらしてしまう。さらに、多くの保険はパッケージ化されていて、自分で必要だと思えないような項目の保険までバンドルされていることもあり、しかしその項目だけ外すこともできず、規定の月額を支払い続ける必要がある。しまいには、途中でのキャンセルはキャンセル料がかかるのだ。

UNDOは、そんな従来の保険とは異なる。ターゲット層であるミレニアル世代に訴求する保険サービスを作るために、何を買っているのか利用者が理解できる透明性大型パッケージではなく個別のニーズに答えられるテーラーメード性を重視し、ユーザーの心をガッチリつかんだ。

ただ、その背景には、大手の保険会社がバックについているから達成されたことも多々あるだろう。大手の保険会社と組むことでスタートアップでは珍しい初期投資が順調に集まり、ローンチの際の広告戦略も大規模に打ち上げられている。

結局のところ、社会的に意義と意味があり、求められているサービスを実直に提供することが、スタートアップと大企業との協働で達成され、三方よしの結果が生まれた。業界最大手があえてスタートアップと組み、今までの業界の常識を覆したことで、新しいサービスが生まれ、そして今を生きる人たちの生活を少し改良している。UNDOのサービスは、これからの社会に必要な安心と安全を、そして幸せをもたらすための鍵を指し示しているといえないだろうか。

現在UNDOのサービス提供は、デンマークの首都コペンハーゲンと第二の都市オーフスの居住者のみを対象としている。まず1年目の2018年にデンマークで5,000名の顧客を確保、2019年末までにはノルウェーとスウェーデンにも進出を目論んでいる。

その他 参考文献
https://bootstrapping.dk/undo-du-skal-teste-mere-end-du-tror/



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