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なぜ、デンマークの官僚は「午後3時退庁」ができるのか?【第2章 日本とデンマークの官僚社会の仕組みと実態】
北欧研究所の植村です。私は、2023年9月から2024年6月まで、北欧研究所のインターンシップ生として、個人研究に携わりました。テーマは「日本とデンマークの官僚社会における労働環境の違いとその要因」です。
研究論文を章ごとに分けて、Noteにて公開いたします。他章の記事に関しましては、本記事の最後に記載されているリンクより、ご覧いただくことができます。(順次公開いたしますので、しばらくお待ちください。)
最後まで、ご一読いただけると幸いです。
(文責:植村雄太)
第1節 霞が関の実態
官僚の長時間労働の深刻さは数字から見ても明らかである。民間企業の時間外労働は年平均147.6時間であるのに対し、官僚は348時間である。さらに、うつ病などの精神疾患で1ヶ月以上仕事を休んでいる官僚の割合は全職員のうちの1.2%を占め、民間企業の0.4%の3倍という結果になっている。このような差異が生まれる要因としては、国家公務員について規定している制度の面が大きい。そもそも国家公務員の働き方を規定しているのは人事院規則であり、国家公務員は労働基準法の適用外である。この人事院規則は、2019年度の働き方改革に伴って見直され、残業の上限も月45時間と明記されたが、民間と違い、上限を超えたとしても罰則がない。そのうえ、国家公務員の労働災害(公務災害)として認定されるまでの手続きが、調査主体・調査期間の観点から民間企業(一般的な労働災害)と比べて不透明であるという指摘もされている(NHK取材班, 2021)。
次に官僚の労働についてよりミクロな視点で分析していく。日本官僚の一日(図1、左)の中では、国会対応関連の業務が非常に多い。特に、前章で挙げた国会答弁作業に加え、2000年度以降激増している質問主意書への対応が若手官僚の業務を圧迫している。この質問主意書の作成においては「7日間以内の答弁(注10)」や「1時間ルール(注11)」、「青枠(注12)」といった厳格なルールが省庁内に存在しているため、手間がかかるうえ、担当官僚は他の仕事を止めて最優先で業務にとりかかる必要がある(千正, 2020;NHK取材班, 2021)。
そして、最も頻繁に議論されているのが、霞が関の「紙文化」をはじめとした、デジタル化の立ち遅れである。2019年度に実施された内閣人事局の調査(注13)によると、本府省庁に勤める官僚のうち、約53%が「審議会や会議において、ペーパーレス化はいつもあるいは時々行われている」と回答した一方で、約81%が「テレワーク勤務を利用していない」と回答、さらに「リモートアクセスを利用している」と回答した割合は全体の約22%にとどまった。大豆生田・長倉(2021)も、少なくとも2021年時点において、低性能のPCやインターネット回線の未導入といった、不十分なデジタル環境が職場に一部存在していることや、各省庁ではMicrosoft TeamsをはじめとしたICTツールが使われている一方で、省庁間でのデジタルコミュニケーションはメールのままであることを指摘している。
しかし、筆者が2023年9月に複数の省庁の官僚におこなったインタビュー調査では、「コロナを契機にテレワークが進み、臨機応変な仕事が対応できるようになった」(財務省・経済産業省)といった意見のほか、「局長などの上の立場の人もオンライン会議に積極的な姿勢を見せている」(国土交通省)、「省内外問わずオンライン会議が増加している」(人事院)といった意見も見られた。したがって、ここ数年においてもデジタル化はさらに進みつつあり、昨今の情報技術の進展に合わせて、省内全体でデジタル化に対して前向きな姿勢を見せていると言えるだろう。
女性官僚、特に産後の働き方も深刻な懸念点の一つだ。近年、民間企業の労働環境が大きく変わったことにより、若手女性官僚が自分のライフデザインと合わないことを理由に離職し、民間企業に転職するケースが増えている。背景として、24時間・土日も働けて初めて「フルスペック人材」となる霞が関では、産休から復帰して、残業なしの勤務形態を選ばざるを得ない女性官僚は、短時間勤務のような扱いになってしまう。深夜労働を伴う国会対応の業務を任せることができないため、その官僚の優秀さにかかわらず、注目度の高い重要政策の担当ではなく、自分の裁量で仕事ができる部署に配属される(千正, 2020)。
このような女性の厳しい働き方の要因の一つとして、霞が関における仕事の「属人化」が挙げられる。つまり、一人で情報や仕事を抱え込んでしまうために、子どもの送迎を理由に仕事を早く切り上げようとしても、他の同僚では代行がきかず、仕事を手放すことができない。そのため、支援制度を使いたくても使うことができない環境にある(NHK取材班, 2021)。
年功序列の昇進システムも官僚不人気の一因としてしばしば指摘される。霞が関における昇進システムは「二重の駒形」昇進管理政策(図2)と呼ばれていて、キャリア官僚に関しては、同期採用・同時昇進の形で課長まで自動的に昇進でき、審議官以降の昇進については厳しい出世競争が繰り広げられるという形である。官僚には入省後、下積み時代と呼ばれる雑用をこなす期間が存在し、実際に意思決定に関わることができるのは8年目や10年目以降の課長補佐以降と言われている。そのため、若手の時期から実務的な仕事に携わりたいと考えている学生が、総合職試験に合格したにもかかわらず、民間企業を選ぶというケースも見られている(NHK取材班, 2021;稲継, 2013)。
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※左図はNHK取材班(2021年)p.15をもとに、右図はデンマーク官僚(Aさん)への取材をもとに筆者が作成。
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注:稲継裕昭、1996年、p.35より引用。
第2節 デンマーク官僚社会の仕組みと実態
この節では、はじめにデンマークの官僚社会の基本的特徴について言及する。次に前節で取り上げた霞が関の長時間労働、女性官僚の労働環境、昇進システムについて、デンマーク官僚社会における実態を2名のデンマーク官僚へのインタビューをもとに明らかにする。なお、官僚社会のデジタル化については、第4章にて詳説する。
日本の官僚システムとの共通点としては、どちらも資格任用制である。採用にあたっては実力主義がとられているため、政治家が直接任命することができない。さらに、政権が変わったとしても、官僚は省庁に留まり続ける点も同一である(Greve, 2018)。
一方、日本との違いとして、まず特筆すべき点は、デンマークでは政府従事者の割合が非常に高いことである。OECD加盟国の総労働力に対する公共部門の割合(2021年)では、日本が約4.5%であるのに対し、デンマークは約28%とOECD加盟国の中で3番目に割合が大きい結果となっている。2023年第4四半期においては、デンマークの国・地方従事者(約76.2万人)のうち、約25%(約19.2万人)が中央政府に勤める、いわば日本の官僚にあたる労働者である (注14)。
しかし官僚といっても、この政府従事者の大半は公務員ではない。デンマークの公共部門には大きく分けて、公務員と一般労働契約を結んでいる職員の2つのタイプが存在しており、約8割の政府従事者が後者にあたる。公務員のカテゴリーに属する職員の数は過去30年間で減少しており、現在では事務次官を含む公共部門の幹部と、国家に対して特別な責任を負う職員のみに限られている(Greve, 2018)。
他の相違点としては、デンマーク省庁内の職は公募制であり、各職に対して競争プロセスが設けられている。日本では、受験者の希望省庁にかかわらず、人事院が実施する統一試験(総合職試験)に合格する必要があり、それから官庁訪問を経て、各省庁へ配属される形だが、デンマークでは、各省庁が独自に職を公募しており、公的部門に入るための中央参入競争は存在しない。職の求人広告はインターネットが主流だが、業界誌(労働組合DJØFの機関誌『DJØF-bladet』など)や全国紙にも掲載されている(Greve, 2018)。
デンマークの労働時間は協定によって定められており、通常の労働時間は週37時間である(注15)。省庁によって労働形態に関する契約は異なるが、ヘッド・オブ・セクション(Head of Section)(図3)に就く官僚は、通常週37時間契約であり、3か月に20時間までの残業は残業代が支払われないが、それ以降の残業については休暇・お金のいずれかの形で支払われる(Dansk Told & Skat, 2013)。その一方で、シニア・アドバイザー(Senior Advisor)やチーフ・アドバイザー(Chief Advisor)の場合になると、勤務時間の上限はなく、労働時間にかかわらず、基本的には給料は同じである。しかしながら、残業時間が長い場合は、特別に休日を得ることができたり、その残業量が年一回の給与交渉の際、ボーナス支払いの査定に反映されたりすることもある。職場によっては、週38または39時間働く代わりに年6日または11日間分の休みが与えられる契約もある(注16)。
次に、Aさん(デジタル省官僚)とBさん(デジタル庁官僚)の2名におこなったインタビューをもとにデンマークの官僚社会における労働環境について分析する。まず、深夜労働・長時間労働については、第1章で挙げた通り、霞が関の環境とは大きく異なる結果となった。デンマークの官僚は勤続年数やポジションに関係なく、深夜まで労働することはめったになく、普段は午後4時や5時頃に業務を終え、帰宅するのが基本である。Aさんの一日(図1、右)を見ても、日本の官僚とは異なり、デンマーク官僚は一日の中で、睡眠や自身の趣味に充てる時間を十分に有していることが分かる。ただ、子どもの送迎などで早退する代わりに、夜間はリモートワークをする必要があったり、法律文書の作成のような重要度の高い業務に携わる際や、コロナ禍のように急な内容変更への対応が求められる際は夜間まで業務をおこなうことを求められたりする。
また女性官僚の労働環境に関しても、霞が関とは違いが見られた。霞が関で問題視されている仕事の属人化については、デンマークでは見られていない。背景としては、デンマークの官僚社会では人の入れ替わりが約2年ごとと早いため、仕事を引き継ぐことに慣れていることが考えられる。しかし、産後の女性の働き方については、両者で意見がやや異なる形となった。Aさんは「ほぼ100%の官僚が産休後も職場に残り、産休以前と同じ仕事、給料が与えられる」と回答した一方で、Bさんは「職の保証はされているため、仕事が好きな人は産休後も官僚として復帰するが、産休後に同じポジションに帰ってくることはほとんどないため、復帰時に人事と業務内容や役職について面談をおこなう」と回答した。そのため、省庁や職場によって産後の女性の働き方は異なっていると考えるべきである。
デンマークでは、下積み期間が日本ほど長くない点も大きな特徴である。当然、優秀な官僚であっても、入省直後は文書の作成といった業務のやり方を知らないので、下積み・研修期間を入省後1〜2年ほど経験する。専門職に配属された場合を除いて、官僚は会議の議事録からスタートし、それから大臣が出席する会議に参加したり、大臣に提案する文書の作成などを任されたりするようになる。ただ若手であっても、政策立案のチームに入ることができ、意見も求められるので、早期から実務的な業務に携わることができる。
昇進については、実力主義がとられているため、優秀であれば若手であっても管理職(ヘッド・オブ・ディビジョン以上、図3)に昇進できる。実際にAさんの職場では、40代前半で管理職に就いているケースも見られた。しかし、契約内容上、管理職でなくとも昇進すれば不利になるケース(シニアアドバイザー以上の場合は勤務時間に関係なく給料が同じなので、残業代が支払われなくなる)もあるので、昇進を望まない官僚も一定数存在している。
昇進の判断基準は、その個人の能力やリーダーシップなどのスキルにもよるが、どの業務を担当するか、どの部署に配属されたかによっても出世スピードは大きく変わってくるので、個人の運も大きく影響する。またデンマークでは、自分の希望を上司に話した方が、早く昇進できる事もあるので、仕事の優秀さが100%出世に直結しているとは限らない。年に1回、現在のパフォーマンスと将来の成長について話し合う1時間半ほどの面談や、上司と1対1で話す場(30分ほど)が3週間に1回のペースで行われるので、自分の意志を伝える機会は頻繁に設けられていると言える。
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注:デンマーク官僚(Bさん)への取材をもとに筆者が作成。
脚注(第2章)
(注10)「内閣は、質問主意書を受け取った日から七日以内に答弁をしなければならない」という規定が国会法第75条にて定められている。そのため、省庁内での答弁書作成、関係省庁との協議、内閣法制局による審査、大臣までの決裁、閣議決定を土日含めた7日以内に行う必要がある。
(注11)質問主意書が出されてから1時間以内に担当省庁を決めなければならないというルール。
(注12)答弁書を書く際は、「青枠」と呼ばれる文書内の枠線から文字までの空間を5ミリ以内にしなければならないというルール。
(注13)内閣人事局「国家公務員の⼥性活躍とワークライフバランス推進に関する 職員アンケート結果(詳細)(令和元年度)」p.8,11,13
(注14)OECD. Government at a Glance 2023.(2021年のデータ);Statics Denmark (2023)
(注15)Business in Denmark. Working hours.
(注16)Embedsværk (2017). Analyse: Chefer og konsulenter i styrelse har for gunstige vilkår.