ここが変だよ!?日本の学校(②授業編PART3)
現職の学校の先生と元教師で、現在の学校教育についてディスカッションしながら、新たな教育の可能性を提案していきます。
このプロジェクトを、悩んでいる学校の先生と、将来教員になりたい学生に捧げます。
企画への思い・詳細はこちらをご覧ください。
<メンバー紹介>
*Mさん
中高一貫の私立学校で働かれています。
民間企業や起業も経験されている経験豊富な先生です。
*テキトー教師さん
https://twitter.com/tekitoo_T_cher
若くして、ある都道府県の中学校で「教務主任」を務められている優秀な先生です。
*ながめ
https://twitter.com/mgnjapan
元高校教師で、現在は予備校講師以外にも、速読教室やアイドル活動、大喜利イベント、などたくさんのプロジェクトを運営しています。
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「ここが変だよ?!日本の学校」授業編3
M:公教育は均等なサービスを行うっていう縛りもあるからですかね。「日本全国どこに行っても同じサービスを!」っていう意識がいまだに根強いと思うんです。私立はまだ独自性が出しやすいにしても、学校教育において「公教育は均等に!」ってマインドが教員の深層心理に根付いていて大きく影響してると思うんです。「教育は均等平等だから出過ぎたマネするなよ!」って。
な:確かにねぇ。「日本全国均等」という話が出ましたが、そもそも「均等さ」っていうのは本当に必要なんですかね?教育を受ける「機会」は平等であるべきだと思うんですが、勉強が得意な子も苦手な子も同一カリキュラムで進んでいく現状があって、それはどうにかならんかなと思ってます。
テ:なるほど。
な:あともっと教員どうしで競争みたいのがあってもいいと思ってます。オンライン授業を活用して生徒が、自分に合う先生の授業を受けれたりしてもいいと思うんですよね。ハイレベルを教えるのが得意な先生もいれば、基礎をきっちり教えるのが得意な先生もいると思うし。何よりサボってる教員を駆逐することにもつながるかも。
M:個人的な考えなんですが、均等にする必要は全くないと思います。平均値に収まる内容の授業って上の子にもメリットないし、下の子にもメリットないので、結局それぞれのケアがのちのち必要で余計に手間がかかると思います。だから、ある程度幅を持たして学力が上の子にも下の子にも対応できるようにしたほうが良いと思います。
な:わかる!私立学校はまだ、偏差値などでクラスわけとかをきちんとして、先生も生徒もやりやすいようにしてるところが多いと思います。ただ、公立だと学力だけでスパッと切ったらダメというノリが強くて、レベルわけしない学校も多いと思います。
テ:あ〜確かに。
な:また一応「発展」「標準」「基礎」のクラスみたいに「レベル別授業」がある公立学校もあるんだけどいまいち機能してないですよね。クラス分けをするときも「偏差値」や「テストの点数」などで分けずに「学習意欲」に応じて「個人の希望」で分けないといけないみたいなの聞いたことありますね。これって本来の目的とはズレていて正常に機能してない気がするんですが。
M:「平等」に扱うのと「公平」に扱うのは違うと思います!「平等」とは「平たく等しい」ので相手が誰であったも与えるものが全く一緒。「公平」は「公にみて平ら」なので、状態が同じになるようにすることですね。教育で言うと、与えるコンテンツが一緒な状態が「平等」で、実力に合わせた教育が受けられる状態が「公平」ですね。
な:平等と公平の違い!面白い!!社会に出たら、数字でスパッと分けられることの方が多くて、むしろ「みんなが全く一緒」ってことの方が珍しいですよね。別に実力や数字で分けることをそんなに毛嫌いせんでもいいのにって思ったりしますね。
テ:僕もMさんに賛成です。制度として「学校バウチャー制」っていうのがあります。簡単に言うと「行きたい学校に行ける制度」ですね。教育改革実践家の藤原和博さんが提唱している制度です。これを進めていけばいいのにって、ずっと思ってます。部活動で例えると、テニスを頑張りたい生徒がいたとして、自分の家の校区外のテニスが強い学校に通いたいと思っても、戸籍を動かしたりして面倒な作業をしないといけないんです。「おじいちゃんの家がその校区内にあるからそこから通ってることにしよう」みたいな!
一同:爆笑
テ:バウチャー制をやらない理由としては、これも「平等」の観点が強いのかと思うのですが、校則編で話したように「弱い学校が潰れないように」っていう要素が強いのかなと思っています。でも、今後の教育の発展性のことを考えると競争させていかないと、より良いサービスは出てこないと思うんですよね~。
な:話ズレるかもしれないんですが、過去に塾の教え子で、学校の先生から「お前は勉強が出来なさすぎて学校では面倒見れないから、塾とかにいって勝手になんとかしてくれ」と言われた子がいるんです。今の話はあくまで一例なんだけど、氷山の一角で、普通にまかり通っている気がしていて。
テ:やばい話やな。教育の放棄やん。
な:Mさんやテキトー教師さんみたいにしっかり情報収集しながら、どうなったらよくなるか考えてる先生もいるんですが、僕の肌感覚で半分くらいの先生は、理解させることを諦めている先生がいるんじゃないかと思います。先生の評価が甘いので、見直すべきだなあと今の話を聞きながら改めて思いましたね。
テ:う〜ん。そうだね。意識が高くて仕事もできて、学びながら動いてる人って自分の経験上、全体の5%いるかいないかくらいだなあ。
M:これまでの話は授業に対する評価のことでしたね。ちょっと話題をずらして、例えば勉強はそんなにできないけど人のお世話が好きだから先生になりましたという人は割りと多いと思います。先生によって得意なゾーンがあって、授業が得意な先生もいれば、ゴリゴリの生徒指導が得意で、いわゆる「ヤンキー生徒」みたいな子の対応が得意な先生もいる。
な:そうですね。
M:そういう各自の「得意ゾーン」って言うのは何年たっても変わらない気がするんですよね。公立学校で転勤とか多いと思うんですけど、ちゃんとその辺りの先生の適正とか、学校の校風とか状態とかってちゃんと考慮されているのかなあと思うことはありますね。
な:確かに。きちんと適性をジャッジされて人事配置しているのですかね?私立だと転勤とかほとんどないし、大体みんなの得意・不得意とかお互い分かってるから、それなりに適材適所は守られている気がするんだけどね。公立だとその辺難しそう。テキトー教師さん。実際、公立学校の人事配置はどうなの?
テ:ハードな生徒指導が得意だから荒れてる学校に行く場合はありますよ。ただ適性を考慮しての人事配置の事例はそれくらいかなあ。あるあるなのは、荒れて指導がしんどくなった学校に厳しい指導が得意な先生がいって、立て直す。立て直したらまたしんどい学校にいくみたいにマイナスを0にする人事配置ばっかりだと思います。プラスの方に持っていく人事配置は聞いたことないなあ。
な:ん〜なんか難しいとこやね。公立っぽいと言うか。
テ:本当に公立学校には学校ごとの特色とかはないんですよ。荒れてるか荒れてないだけの判断だけだから、特色とかはみんな重要視してない。どの学校にも行けるようになれば、差別化要素が必要になるから特色が出て学校教育が盛り上がるんじゃないかと思っています。
な:なんかわかるなあ。能力高くて、志高い先生が、荒れている学校に行かされて、ヘトヘトになりながら働いているイメージね。もっとできる生徒に教えて伸ばしたいなあと思いながらやってる人もいるだろうね。
M:国立大学の附属学校なんかは、実験校とかで特色ある教科指導をやれてる場合も多いかもしれませんね。
な:ああ!確かに。独自カリキュラムとかもありますしね。楽しそう。
テ:授業バリバリやりたい人はいいよね!
な:逆に授業に対するモチベ低い人がそんな学校に赴任したら大変だよね(笑)
な:これまでの話をまとめると、授業がもっとよくなるための課題として「カリキュラム」そのものがもっとうまく調整できたらっていう状況が1つ。さらに公立学校だと生徒指導に重きが置かれており、学校が荒れているか荒れていないかが重要視されている現状があって、そのための人事配置になっているから、授業は二の次になっているって感じだね。
テ:公立学校もっとがんばらなあかんな!