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【マイベスト展覧会2023】シン・ジャパニーズ・ペインティング(ポーラ美術館)

 2023年も残すところあとわずか。
 今年は初めてnoteに投稿をした年になったが、最後にちいさな美術館の学芸員さんが企画されたアドベントカレンダー企画「マイベスト展覧会2023」に参加させていただくことにした。

 選んだのはポーラ美術館で開催された「シン・ジャパニーズ・ペインティング 革新の日本画 横山大観、杉山寧から現代の作家まで」。


 私はタイトルだけを見て予習もせず、「幕末から現代までの「日本画」を年代ごとに当時の動向も含めて展示していく展示」くらいの認識でいたのだが、インスタレーションや立体作品など、そもそも「ペインティング」ではない作品も多くあり、とても面白い構成だった。


 そもそも「日本画」という言葉で私たちが連想するものはなんだろうか。

 もとは西洋由来の油絵などに対する概念として、日本で古来から使用されてきた技法、材料を用いた絵画を表す言葉である。
 狭く考えれば、「日本画」という言葉が使われるようになった明治時代以降に、絹や和紙を支持体にして、墨やにかわで溶いた顔料で描いた絵画ということもできる。だが、一般的には歌川広重や葛飾北斎らの浮世絵、伊藤若冲、雪舟、ある程度以上の年齢層であれば横山大観や東山魁夷などまでイメージが広がるだろう。


 つまり、今を生きる私たちにとっては、「日本」という広さ大きさも相まって、とても曖昧で捉えどころがない言葉に感じられるのだ。
 この展示では、典型的といえる日本画作品から、日本画で用いられる材料を用いたり、日本画からインスピレーションを受けたインスタレーションや立体作品、「日本」を念頭に置いて制作された作品まで幅広く並べてこれから「日本画」「ジャパニーズ・ペインティング」が指し示していくもの(あるいは私たちが結びつけるもの)を考えようという構成になっていた。

冒頭の部屋からしてジャパニーズ・ペインティング…!?感が満載である。


 現代作家さんたちの作品を通して、「日本画」という平面作品との相関を考えるのも面白いのだが、物故作家の絵画作品においても作品選びが興味深かった。

 伝統に沿った形式で描かれた屏風と、油彩と麻布で描かれた屏風。
 東洋的な主題を描いた油彩画と、西洋の風景を描いた日本画。
 洋画家として著名な画家が描いた掛軸と、日本画家があえて油絵の具を用いて描いた絵画。
 そして戦後、「日本画滅亡論」さえ唱えられたなかで厚塗りの画面を完成させ、「日本」の主題に囚われずに制作された日本画家たちの作品たち。



 こんなものたちが対比され隣りあわせで並べられると、「日本画」のイメージがぐらぐらと揺らいでいく感じがした。私は近代日本画がとても好きなのだが、それゆえにこれまで色々な作品を観ていくなかで、「日本画」という言葉でつまらないラベリングをしてきたのかもしれない。

 会場でも掲示されていたが、菱田春草が残したこんな文章がある。

現今洋画といはれてある油画も水彩画も又現に吾々われわれが描いている日本画なるものも、共に将来においては――勿論近いことではあるまいが、兎に角日本人の頭で構想し、日本人の手で製作したものとして、すべて一様に日本画として見らるゝ時代がたしかに来ることゝ信じてゐる。でこの時代に至らば、今日の洋画とか日本画とかいふ如く、絵そのものが差別的ではなくなって、皆一様に統一されてしまただ其処そこに使用さるゝ材料の差異のみが存することゝ思ふ。

菱田春草「画界漫言」より

 そもそも春草や大観が「朦朧体」を編み出したころから、新岩絵の具のような新たな画材の誕生も含め、「これも日本画か」といった激しい試行錯誤は繰り返されてきたに違いない。
 日本の絵画には「やまと絵」というジャンルもあるわけだが、もともとはやまと絵も技法ではなく描く主題の違いで「唐絵からえ」と対比して用いられた言葉だという。

 あらゆる材料や表現方法を駆使した「アート」が展開されるいまの美術界において、観る側も「日本画」という定義を狭く考えすぎずに「日本美術」やもっと広げて「日本」との連関を意識することで、より柔軟で面白い鑑賞体験をできるかもしれない、と気付かせてもらったような気がする。

 さて、この展覧会を間に挟んで、私は「NEO JAPANESE PAINTINGS展 日本画新世界」(THE OBSESSION GALLERY)と「日本画の棲み処」(泉屋博古館東京)という展示を観覧した。

 前者では従来の「日本画」の形式で活躍するアーティストの作品を、後者では「日本画」の定位置を担ってきた「床の間」に注目した上で、終章では現代の作家が「現代の床の間芸術」を考えるという内容だったため、より「シン・ジャパニーズ・ペインティング」の内容が補完されたような、思わぬ体験ができた。

 床の間のような掛軸・屏風の適する環境が減少し続ける現代においても、やはり「日本画」が死に絶えてしまうことはないだろうし、個人的にもないと信じたい。そのうえで、繰り返しになるが日本画が好きな人も、苦手意識や興味を持てない人も、現代の日本のアーティストの制作に連綿と受け継がれていく「日本画」の要素を見いだせるようになれば、より幅広くアートを観る楽しみが増えるだろうと思わせてくれる展示であったし、そのようなアプローチの展示をより観てみたいとも思った。

 終章の「日本の絵画の未来――日本画を超えて」では、作品とともに出展作家の「あなたにとって日本画とは何か?」についての答えが紹介されていたのだが、谷保玲奈さんの回答が簡潔ながら一般論としてもとてもしっくりくるように感じた。(↓)

会場内パネル「あなたにとって日本画とは何か?」


 今年観たなかでも他にも楽しい展示は色々あったが、今まで行けていなかったポーラ美術館に足を運ぶきっかけも与えてくれたという点も含め大満足の展示だったため、今回こちらを紹介させてもらった。
 単館開催という点が残念なのだが、図録は求龍堂から一般書籍として刊行されているので、気になった方にはぜひ書店や図書館で手に取っていただけたらと思う。

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