磨く
「 一つ磨けば過去の過ちをぬぐい去り、
二つ磨けば現在に輝きを与えます。
三つ磨けば未来の幸せが一つ増えることでしょう。」
通っていた高校では毎学期末に全校生徒で大掃除をする慣わしがあった。
大掃除の前には放送部により各クラスの割り振りが発表になり、最後にお決まりの「三つ」が読み上げられる。すると学生は一斉に各所に散らばり、教室、廊下、窓、床、椅子、机、手洗いの蛇口から階段の手すり、花瓶….. とにかくありとあらゆるものを一斉に磨き始めるのだ。
この放送を初めて聞いた十五歳の私は、なんだか明治か昭和初期にでもタイムスリップしたのかとうんざりしたのを覚えている。そもそも当時は朝清掃(始業前)、中間清掃(2時間目と3時間目の間)、終了清掃(帰宅前)と1日3回の掃除時間があり、これ以上どこに掃除の必要があるのかと思っていた。そして、現に校舎は一見するといつもそれなりに綺麗だった。
毎度イヤイヤ始める大掃除なのだけれど、不思議と途中からおしゃべりも減って変な集中モードに入る。そして終わった時には凛とした空気に思春期の女子も何だか達成感と清々しさに包まれ、笑顔になれる行事だった。清掃後、教室で乾杯してジュースを飲む笑顔はまるでコカコーラの青春C Mさながらだった。
ちなみに第二次ベビーブームに生まれた私が通っていた学校は、いわゆるマンモス校。大掃除に参加する中等部は1クラス40名の4クラス、高等部は1クラス54人の20クラス、それぞれ3学年あるので計3700人強。この人数で掃除されたら、仮に半分の生徒がサボっても綺麗になる。今思えば圧巻の光景だったのではないかと思う。
かつてうんざりしたこの「三つ」は年齢を重ねると、少し素直に受け止められるようになったと思う。年齢と共に日々の生活の中で積もる「塵」が増えるからだろうか。当たり前ではない「今」の有り難さを知るからだろうか。そして「未来」は日ごとに不確定になり、幸せであることを祈りたくなるからだろうか。
とは言え私にとって、掃除はいまだに面倒なことには変わりない。それでもやり終えた後の清々しさはどこかにこの「三つ」がいてくれているからのような気がする。
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