ないものねだり
家までどうやって帰ってきたのか全く覚えていない。
私に帰巣本能を与えた神には感謝しかない。神のご加護によって玄関まではなんとかたどり着いた、しかしそれもここまでだった。玄関の上がり口で力尽き、突っ伏すように寝てしまった。目が醒めると体のあらゆる所が痛い。のっそりと起き上がると目の前の姿見に映る恐ろしい現実が目に飛び込んできた。メイクを落とさなかった肌には妙な脂が浮いて、枕がわりにした買ったばかりのライトグレージャケットには、見事に眉毛とマスカラが転写されていた。
ショックを受けている場合ではない。とりあえずメイクを落とさなければ。いや、その前に水だ。喉がカラカラで舌が喉の奥に張り付いている。それにしても頭が痛い。光が攻撃的で、片目ずつしか開けられない。
あれ?なんだかおかしい。姿見に映る顔の右半分が変だ。化粧が崩れているとか、浮腫んでいるとか、片目しか開けられないから変に見えるだけではない。こめかみを押さえながら、ゆっくりと両目を開けると、その違和感の原因がわかった。
「あ、あぁーもみあげが焦げてチリチリしてる!」
一生に一度でいいから、こんなお酒の黒歴史を体験してみたい。そう、これは私の完全なる妄想黒歴史だ。
子供の頃、お酒が飲めるかどうかは、二十歳に達しているか否かだけの問題だと思っていた。しかし、いざ自分が二十歳になってみると、「体質」というどうにも抗えない問題があることを知った。よく考えれば、思い当たる節はいくつもあった。両親は二人合わせてもコップ一杯のビールを飲み干せなかったし、予防接種のアルコール消毒では決まって赤くなった。洋酒の香るフルーツケーキでは瞼や首に赤い発疹が出てしまう有様だ。
そんな生粋の下戸の私が憧れるのは、おしゃれなBARで飲むカクテルでも、コース料理のワインでも、風呂上がりの「ぷっはー」でもない。お酒にまつわる黒歴史なのだ。人の不幸は蜜の味とはよく言ったもので、人様の黒歴史は面白い。本来なら自分の身に起こってないからこそだ。しかしどうしてかお酒にまつわるものは違う。なんだか無性にその体験がない、そしてこれからもできないことが悔しいのだ。
とは言え無理なものは無理なので、他人の笑える黒歴史にはちょいちょい登場させてもらっている。ちなみにもみあげチリチリ事件は犯人として登場を果たした。
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参加している文芸実践会の課題として書いたエッセイです。
お題は「お酒」
お酒が飲めない私の憧れの状況をエッセイにしました。
色々と課題も明確になったので、加筆修正をしてみたいとも思いますが、
ひとまず提出時のままの状態です。
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