
先生って、誰のこと?
「先生はね……」
学童や塾で、先生が自分のことを一人称として話す場面をよく見かける。
「先生はこう思うんだけど」「先生は昔ね……」
子どもたちに話すときの口調としては、まあ普通なのかもしれない。だけど、これがどうにも滑稽に思えて仕方がない。
本来、「先生」とは他人から呼ばれるものであって、自分で名乗るものじゃない。だからこそ、「先生は」と言うたびに、違和感が込み上げる。
一人称には「僕」「私」「俺」など様々な選択肢があるのに、それを使わずに「先生」とするのは、まるで自分で自分を権威づけしているように見える。自分のことを「先生」と呼ぶことが当たり前になってしまったら、その人は本当に「先生」としての自覚を持っているのか、むしろ疑問だ。
でも、この話には皮肉がある。
なぜなら、僕自身、いくつかの立場を持っているのだけれど……どこに行っても、ほぼ確実に「先生」と呼ばれるのだ。
もちろん、それは相手の好意や礼儀からくるものだろう。でも、年上の方に「先生」と呼ばれるたび、どうにも落ち着かない。
「いやいや、先生なんて、そんな……!」
思わず手を振って否定するけれど、周囲からは「先生!」「先生!」と、どんどん追い打ちをかけられる。
このとき、僕は必ずこう思う。
“自分はそんな風に呼ばれるほどの人物なのだろうか?”
「先生」と呼ばれることに慣れるのは簡単だ。でも、慣れすぎると、逆に危うい。そう呼ばれることで、いつの間にか自分まで「先生」らしく振る舞わなければいけないと錯覚するかもしれないから。
だからこそ、僕は「先生」と呼ばれるたびに、一瞬立ち止まって考えてしまうのだ。
そして、さらに笑えるのはここからだ。
僕は日頃から「自分のことを『先生』と呼ぶのはおかしい」と言い続けてきた。でも、ふと気づくと、頭の上にブーメランが飛んできている。
「先生と呼ばれるのにふさわしいのか?」と悩み、「自分を先生と名乗るのは滑稽だ」と言いながら、結局、僕自身も「先生」として扱われている。
つまり、僕があれこれ考えたところで、この「先生問題」はぐるぐる巡って僕の元に帰ってくるのだ。
……うん、やっぱり考えるのをやめよう。
「先生はね……」
——あっ、しまった!!