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ジャムゥの起源

ジャムゥの医療従事者;ドウクンとバリアン

前回述べたように、ボロブドゥール遺跡のレリーフにジャムゥの調合場面が描かれていることは、8世紀にはすでにインドネシアには医薬品調製の知識があったことを示したものです。
そして、ジャムゥ発祥の地はヨグヤカルタを中心とした中部ジャワでした。
仏教とヒンドゥー教が共存していたのは10世紀頃までで 、13世紀末にはヒンドゥー王国が成立、17世紀初頭にはイスラム勢力がジャワ島全域を支配するようになりました 。
ヒンドゥー教徒の一部は改宗せずバリ島にジャムゥの理論体系とともに移り、残された人々はイスラム教の平和的・調和主義によってジャムゥに対する弾圧がなかったため、一部の人々に よってジャムゥは伝承されるようになったと思われます 。

ドゥクンというヒンドゥー思想からなる専門の治療業務に携わる人は、バリ島ではバリアンと呼ばれています。

ドウクンと筆者、於ジョグジャカルタ

これらウサダの内容はヒンドゥー思想にしたがっており、病気の原因も治療法もヒンドゥーの3人の神、いわゆるシヴァ神ブラフマー神ウィシュヌ神に根源がおかれています。
一方、インドの寿命科学であるアーユルヴェーダの特徴的な考え方は、ヴァータ、ピッタおよびカパの3つの病素あるいは健素(ドーシャ)に基づく医療体系である。

アーユルヴェーダは紀元前8世紀には完成し、絶えず新知見が書き加えられています。
この生命科学は8部門に分かれていますが、特徴的な専門分野として強壮学、すなわち老化防止の学問が協調されています。

バリ島に逃れた医療従事者バリアンは、世襲制と一定の学習を修めたものがなる二つに分かれますが、後者は治療薬の体系である一連のウサダを学ばなければなりません。
ウサダは木簡のようなものに記録され、医薬原論から各論まで今でも一巻ずつ紐で縛られて保存されています。
ウサダの内容とアーユルヴェーダの概念は全く一致するもので、ドゥクンあるいはバリアンが調合したジャムウは古代インド医学アーユルヴェーダの基礎の上に成り立つものなのです。

珍しい女性のバリアン、於バリ島

人間は加齢によっても有意義な生活をし、自然に死を迎えるまで無病息災であることを求めているわけで、予防医学の最初の医療体系であり、現在の(質の高い生活 )の考え方の基礎になっています。
現在のジャムゥでも強壮を目的とした処方が多く、アーユル ヴェーダの影響を強く受けているようにみえます。

現代のジャムゥ

インドネシア共和国がオランダから独立し、18,000余の諸島が統一されたのは 1945年のことです。
独立後はオランダやドイツからの医薬品調達が困難となり、ジャワ島に伝承されていたジャムゥが標準語になったインドネシア語によって広く紹介され、医薬品不足の急場を救ったのです。
それ以前はごく一部の人々によって継承されてきたジャムゥの材料や処方はドゥクンやバリアンズでは秘密であり、伝承者である民間の母から娘へは口伝えされ、供給量も限られたものでした。

現代では、近代的設備をもつ製薬会社によってジャムゥの各製剤が大量生産され、薬店や雑貨店などで販売されています。
同時に昔ながらの調合したジャムゥ瓶の籠を背負い、手提げ籠には他のジャムゥやコップを持ち、町で売り歩くジャムゥゲドン( 必ず女性)姿を、現在でもジャカルタのような大都会や地方でも見かけることができます。

インドネシア・ジャカルタのジャムゥゲンドン

『Cabe puyang Warisan Nenek Moyang』(ジャワの伝統治療薬)という本には、各種感染症、神経疾患、生活習慣病、腫瘍など104種類の疾患についてのジャムゥ処方と原材料が取り上げられています。
また、インドネシアのジャムゥのバイブルとも言える『Obat Asli Indonesia』(インドネシア元来の薬)は350種類もの生薬について種類・特徴、含有成分、効能が記載されています。
さらに、インドネシア・エーザイがまとめた熱帯薬用植物調査では、8600余の植物が掲載されていますが、実際に利用されているのは凡そ300種類と現地専門家は述べていました。
これら以外にも腫瘍、強壮、強精など疾患・健康分野毎、薬用植物などの各種ジャムゥあるいは伝統治療薬に関する書籍は多数が出版されており、本屋の一角を占めるほどです。

1998年の金融・経済危機後、近代医学・薬学一辺倒の医薬品の見直しから自然への回帰のキャンペーンがインドネシア保健省によって提唱され、伝統的治療薬ジャムゥの使用促進と効能・効果に関する科学的研究が開始されています。
このように熱帯地方で利用可能な生薬による2000年にも及ぶ伝統的治療薬の中には、近代医学・薬学を超える処方が潜んでいる可能性はあり、さらにアーユルヴェーダを基礎とした強壮学、予防医学に適合するジャムゥや有益な材料が生き続けているものと確信します。

ジャムゥはインドネシア政府認定の医薬品

インドネシア6000年の伝承医薬品ジャムゥの本質と評価は、基本的に私が出会った20世紀末と現在では大きな違いはありません。
ジャムゥの製造・販売は、ジャムゥとしての製造販売許可を保健省より取得する必要があります。
日本の薬機法で規定される食品、医薬品・化粧品の範疇外の分類になりますが、インドネシア産薬用植物ジャムゥでは医薬品同様に薬効・使用方法を記載する必要があります。
日本では最も健康食品・栄養機能食品・機能性表示食品に近い分類になりますが、効能効果や使用方法を記載することは禁止されています。
国内産業保護のために、外資企業の国内販売は禁止されているほどです。

ノニジュースは典型的なジャムゥ

ジャカルタや中部ジャワ州から始まり多くの州、島を旅しましたが、現在なお一家に少なくとも1本のノニの木を植えています。
ノニはインドネシア原産のジャムゥ素材であり、6000年もの間連綿と医薬品として利用されています。
20世紀末より、インドネシアのノニ果実は注目を浴び、インドネシアのみだけでなくミクロネシアやポリネシア、そして食経験のない沖縄まで拡大したことは、ノニの有用性と換金作物として見直された結果です。
ただし、その後の研究で各地域・国、製造方法、商業主義の違いによって、品質に大きな違いがあることが確認されています。

因みに厚生労働省は、健康食品・化粧品に「ジャムゥ」という文言を使用することを禁止しています。

私にとって、ノニはジャムゥの原点であり25年間付き合っていますが、25年前から現在に至るまで健康飲料として、速やかに効果が体感できるノニジュースは多くの日本人に受け入れられてきました。
日本で最初にノニを紹介したものとしては、大きな喜びであり、栄誉です。今後88歳の米寿を目標にノニに関わり、皆様の健康長寿に貢献したく願っています。

黄色く成熟した有機ノニ果実・メンクドベサール





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