読書日記『LIFE SCIENCE 長生きせざるをえないえない時代の生命科学講義』吉森 保 著
生命科学というと研究者が取り組む難しいもののように思われるが、たとえば自分や家族、友人が病気になったときに、すべてはわからなくてもよりベターな選択ができるようにというところを目指して書かれている。当然、免疫、DNA、遺伝といった言葉をうまく伝えられない人でも、専門用語はできるだけ使わずにシンプルに説明してあるので読みやすい。大きさの概念から始まって、最後には「オートファジー」とは何かがわかるようになっている。
Chapter #001 科学的思考を身につける
コロナが、と騒ぐわりに、人はその本質を理解していない。感染状況や変異株の種類のことを言っているのではない。ウイルスとはどういうものか、ヒトには感染症に対応する仕組みとしてどのようなものが備わっているのか、簡単にいうと要因があってメカニズムがあって結果があるというプロセスを知る、ということができていない。
理解をするには、ちょっとしたコツが必要だ。それが科学的に考える、という習慣だ。科学的思考はそれほど難しいものではない。
まずは、本当に正しいのか疑ってみること。
科学は仮説と検証でできている。何度も何度も検証を繰り返して真実に近づいているのだ。今、目の前にある現象が真実かどうかを疑ってみることが第一歩となる。
相関関係だけを出して危機感を煽る商売というのも多い。相関関係だけではただの「仮説」であり検証によって因果関係を導き出して初めて「科学的に正しい」に近づいていると認識しよう。そうすれば、広告で「99%が満足!」などという謳い文句に騙されることはなくなるだろう。
Chapter #002 細胞がわかれば生命の基本がわかる
ここからいよいよ生物学の世界に入っていくわけだが、これほどまでに専門用語を削ぎ落として明快に生物学を解説する書物はないと思う。「はたらく細胞」というアニメが細胞を擬人化しているのは別として..
まずは細胞の大きさというか小ささをざっくりと学ぶ。中にあるのは小器官(オルガネラ)、ミトコンドリアなどは生物の授業で聞いたことがあると思う。細胞の中にあるので当然細胞より小さい。さらに組織を構成しているものの中で重要なのがタンパク質である。遺伝子はタンパク質の設計図であり、それを文だとするとDNAは本である。このDNAがしまわれている細胞が生命そのものなのだ。
Chapter #003 病気について知る
病気のときは、必ず「細胞が悪くなっている」。細胞はどんどん入れ替わっているのに、見た目は昨日と同じ、明日もそれほど変わっていない。これは細胞の恒常性(ホメオスタシス)のおかげである。細胞がおかしくなると、異常なタンパクが蓄積して細胞が死亡したり、病原体に殺されたりして病気になる。
細胞がおかしくなることは日常的に起こっているが、それを修復する力が体には備わっている。それでも対応しきれないときに介入するのが医療ということになるが、そもそも備わっている力を軽んじてはいけない。
この章では、がん細胞は増殖するから問題なのだということや、神経変性疾患、そして感染症と免疫などの病気と体のしくみが続いている。そして、老化という問題をとりあげている。
Chapter #004 細胞の未来であるオートファジーを知ろう
ここまでヒトが昨日と同じ状態でいられるのは細胞が恒常性を保っているからであり、この恒常性が崩れる原因が病気と老化であるという内容だった。細胞の中の恒常性を保つ仕組みが「オートファジー」である。その役割を言葉で簡単に説明すると「細胞の中のものを回収して、分解して、リサイクルする現象」になる。リサイクルというのがすごい。私たちは食事でタンパク質を吸収していると思っているが、実はほとんどがオートファジーでできたアミノ酸の再利用なのだという。
なぜこのような仕組みができたかは、どんなときに働くかを知ればわかる。
①飢餓状態のとき細胞の中身を再利用
②細胞の新陳代謝
③細胞内の有害物を除去
①でオートファジーが発見されるきっかけとなったが、病気の発生を考えると②と③が重要。
オートファジーの流れは、この本が勧める科学的思考より少し難易度が高いかも知れない。隔離膜が形態を変えて球状になるときにタンパク質を包み込み、オートファゴゾームになる。それが分解工場であるリソソームと膜融合(くっつく)してオートリソソームになる。この一連の流れがオートファジーである。
Chapter #005 寿命を伸ばすために何をすればいいか
現在寿命を伸ばすことがわかっている5つの方法
①カロリー制限
②インスリンシグナルの抑制
③TOR(トア)シグナルの抑制
④生殖細胞の除去
⑤ミトコンドリアの抑制
どれも生命には必要な機能だが、寿命を伸ばすためには抑えたほうがいい。
オートファジーは、飢餓状態で働くということは、カロリー制限したほうが働くだろうということは予想できる。生殖細胞の除去やミトコンドリアの機能抑制もオートファジーが関わっていると言えそうだ。
それが、なぜなのかを解くカギが、著者が発見した「ルビコン」という物質になる。ルビコンが発生しないようにすることができれば、多くの疾患の新しい治療方法になるだけでなく、老化の進行を食い止めることができる日も来るかもしれない。
読後の感想としては、最初の簡単に書いたから読んでみて!といい意味で騙され、途中この言葉は覚えなくても全然大丈夫!と励まされ、素人でも最後まで読めるようになっているのが秀逸だと思った。個人的にもアンチエイジングは単なる若返りを意味するのではないと感じている。オートファジーの研究成果から目が離せない。