小耳症の話④

会話

移動中において、聞こえない方向から話しかけられると本当に困る。
困るが、以前伝えた覚えのある相手に、「あのね……」と再度打ち明けるのも億劫に感じてしまい、ひたすら相手の言葉の切れ目に合わせて曖昧に微笑み、「だよね」「わかる」「そうかなあ」と返したり、苦笑いで返すことが多々ある。

もうひとつ困っているのが飲食店だ。
居酒屋のような賑やかな場所だと、別テーブルの食器や会話の音で、向かいに座る相手の声が聞き取りづらくなる。
6割聞き取れたら良いくらいだ。
これだけが理由ではないだろうが、私は外で人と食事をするのがあまり好きではない。

これについて、先日YouTubeで小耳症の青年の動画を見て知ったのだが、両耳とも聞こえる人たちは、ざわつきの中でも聞きたい音を聞き取ることが出来るのだとか。
皆自分と同じように聞き取りづらいなか、会話をしていると思っていたので本当に驚いた。

音の方向

過去に困ったことが二つある。

かつてレンタルショップで働いていた頃、販売用のCDに盗難防止用のアラームをつけていたのだが、誤作動を起こし、止めに行かなければならなくなった。
陳列棚を前に、小型の制御用リモコンを握り締め、必死に音の出所を探すが、方向がわからないのでしばらく右往左往した。
解決法は聞こえる耳に、耳をすます時のように手を当てることだった。
音の大小がより鮮明になり、なんとか止めることが出来たのだった。

もう一つは小売店で働いていた頃のことで、お客が店員である私を呼ぶために、遠くの方から声を掛けてきた。
音の方向がわからないが、お客は健常者なので健常者の常識で行動を取る。
なかなかお客が見つからなく、店内を行ったり来たりすることになった。

不便は不幸か

以前後天性片耳難聴になった方から、もう昔のように音楽を楽しむことも出来ないと思うとつらい、世界の楽しみが半分になってしまった、というような声を頂いたことがある。
管弦楽の演奏会が好きな方だったので、それを知って、とても気の毒だと思った。

同時にこれまで自分が生きてきた中で、感じてきた世界は半分だったのかと衝撃を受けた。
人それぞれの感じ方があるが、私にとっては両耳聞こえる人の半分がすべてなのだ。

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