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【ゆれる】あらすじ・感想(三幕構成で読み解く)
結末まで語るので、本編を未見の方にはブラウザバックを推奨します。
登場人物
早川猛(オダギリジョー):東京で若くして成功した写真家。
早川稔(香川照之):田舎で暮らす猛の兄。コミュ障っぽい。
智恵子(真木よう子):田舎で暮らす猛の元恋人。29歳。メンヘラ気質。
まずは、物語を三幕8場構成に分解します。
一幕
1)猛は母の一周忌で田舎に帰る。実家のガソリンスタンドで働くようになっていた智恵子が稔と仲良さそうにしているのを見て嫉妬した猛は、衝動的に智恵子とセックスする。
2)翌日、猛と稔と智恵子は渓谷に遊びに行く。智恵子が吊り橋を渡ろうとした時に後ろから稔が近づいて言い争いになり、智恵子が落下して死亡する。遠くから見ていた猛は稔を庇うために「落ちる瞬間は見てなかった」と嘘をつき、さらに稔にも警察には「智恵子が一人で落ちた」と供述するように説得する。
二幕
3)兄弟でうまく口裏を合わせて警察も智恵子の家族も一旦それを信じるも、ストレスで別件の暴行事件を起こして逮捕された稔が、知恵の殺人を自白して逮捕される。
4)猛は弁護士である叔父に稔の弁護を依頼する。稔は人殺しのレッテルを貼られて田舎で暮らすくらいなら有罪判決で刑務所で暮らしたいと自暴自棄になる。
5)稔は裁判所で証言を変えて、智恵子の落下は稔が突き倒したのが直接の原因ではなくて、確かに突き倒したが直後に稔が智恵子を起こそうと思って伸ばした手から怯えて逃げたことだったからで、しかし渓谷に智恵子を連れてきてしまったことには責任を感じていると主張する。検察はなおも厳しく追及し、稔の家族は精神的に疲弊する。
6)裁判で智恵子の膣内に微量の精液があったことが明かされて稔は改めてショックを受ける。長い裁判を通して、検察側は決め手を欠くので稔が勝つ見込みが高くなる。しかし猛は稔の内面に殺意を感じるようになり、法廷で実際は稔が智恵子を突き落とすのを見たと証言する。
三幕
7)七年後、稔の刑期が終わりに近づいた頃、父は痴呆が進んで稔に面会しなくなり、猛は家族と疎遠になり静かに独り暮らしていた。そんな折に猛は少年時代に母がビデオカメラで家族を撮影したテープを見て、智恵子が吊り橋から落下した時に本当は自分がカメラのファインダーで二人を見ていたことを思い出す。落ちそうになる智恵子を救おうと必死な稔を、猛は確かに見ていた。記憶を都合よく書き換えていたのは自分だったのだ。
8)出所当日、猛は車を飛ばして刑務所に向かう。入れ違いですでに街へ繰り出してしまった稔を探す。国道の反対車線でバスを待つ稔を見つけて猛が「兄ちゃん」と何度も叫ぶと、気づいた稔は静かに微笑んだ。
FIN
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配給:シネカノン
劇場公開日:2006年7月8日
▼解説・感想:
●構成
一幕
一場:状況説明
二場:目的の設定
二幕
三場:一番低い障害
四場:二番目に低い障害
五場:状況の再整備
六場:一番高い障害
三幕
七場:真のクライマックス
八場:すべての結末
1-1:兄弟と女の現在
1-2:落下事故
2-3:自白
2-4:裁判準備
2-5:稔が語る真実
2-6:猛が抱く疑念
3-7:猛が気付く真実
3-8:再会
綺麗な三幕構成だと思います。
●感想
田舎暮らしでコミュ障の兄(香川照之)と、若くして東京で独立したイケメン写真家の弟(オダギリジョー)と、弟の元恋人で田舎で燻るメンヘラ気質の29歳の女(真木よう子)の演技がどれも素晴らしいです。特に香川照之と真木よう子はこういう役を演らせると最強ですね。
物語の基本構造は黒澤明『羅生門』(芥川龍之介『藪の中』)になっていますが、ラストにも芥川の『地獄変』を引用してくるところに痺れました。吊り橋の上で揉み合う二人を、ファインダー越しに見てたんですよね、猛は。すごい話だよ。いや、逆にこれは猛の妄想だからファインダーの枠を付けたのでしょうか、どちらも解釈もできそうです。
猛が地面に生える花の写真を撮っているときに、稔と智恵子が吊り橋へ向かって状況が悪くなるのは、やはり黒澤明の『七人の侍』とも似ていて、これも意識しているのかな、と思われました。
2場で智恵子が落下した直後に猛が稔の座り込む吊り橋に駆けつけた時に、稔の右手に何か傷があるのが映ります。私は初見時は「古傷なのかしら」くらいに思ったのですが、7場で猛が古いフィルムを見て真実を思い出した時に、落ちていく智恵子が稔の右手を強く握っていた引っ掻き傷だと判り、また法廷から手錠を付けて連行される時の稔の右手にはその傷が瘡蓋になっています。ここから考えて、猛が最後に思い出した「真実」は実際に起きたことだと(猛が都合よく妄想したフィクションではないと)思いたいですね。
6場で衝撃の告白をする猛に対して、裁判長が「あなたのその記憶は正確なものですか」と尋ねるんですけど、実際にこんなこと言うんですかね?ちょと無責任というか、違和感がありました。まあ、私は裁判を経験したことがないので判りませんけど。
映画の中で何回も父が洗濯に勤しむシーンが描かれるのですが、七年後にボケて雪の中で新聞紙を物干し竿にかけるシーンの布石でした。なかなか巧みですね。観ていて辛くなる描写でした。
●難解なパート
6場の兄弟の心の動きは少し難解だと感じました。まず裁判で智恵子の膣内に精液が残っていたことが公表されて、その時点で吊り橋の上で智恵子が「猛くんが東京に連れて行ってくれる」と叫んで稔が激昂して智恵子をぶん投げようとする光景を思い出します。これが7場での証言に直接つながる動機になりますが、なぜ猛はこのように考えたのか。
次に猛が留置所で稔と面会すると、稔は「お前のお邪魔虫にならないようにしてやったんだよ…なんつって」「どうでもいいじゃない、真実なんて」と戯けます。そして稔は「お前は最初っから人を信用するような人間じゃない」と、これから自分の裁判で証言する人に対して侮辱的なことを言います。この目的は何だったのか。
それまで刑務所で過ごすことを観念していた稔が、ここに来て「貯金をはたいてスタンドをカフェに改装する」とシャバに戻った時の夢について語るのも不自然でした。稔はわざと猛を煽って自分に不利な証言をするように差し向けていたのかもしれませんね。
7場で猛が稔に不利な証言をした時、激昂する弁護士の叔父とは対照的に、稔は静かにどこか満足そうに猛を見ていました。自分の思い通りにできたと内心喜んでいたのでしょうか。それとも稔は、猛の幸福な生活を壊したい一心で、猛にこんな証言をさせたのでしょうか。
猛はこの後で殺人幇助の罪に問われて、兄を救いたい一心とショックのあまり記憶が混乱したとかで執行猶予がつきそうな感じですかね。実際に七年後の彼は小さな部屋で一人暮らししているように見えました。
なんとも後味が悪いというか、やりきれない気持ちになる映画です。
(了)
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