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不慣れな山手線

巣鴨から山手線に乗る。
土曜日の10時頃。素早く車内の中央に入り込み、つり革をつかむ。

前の席には、外国人のカップルがいた。
もはや珍しくない景色。わたしと同じくらいか、すこし年上か。どこから来た人たちだろう。旅行でやってきている人かな。
男性のほうが話しかけたとき、彼女は小さな声でそれを制した。
「オオ、ソーリー」
彼は彼女と声のボリュームをそろえて、謝る。

きっと、彼女は日本の電車のマナーというものを知っていたんじゃないか。それで、彼に「電車の中では静かに」と伝えたのかもしれない。
彼のほうもその教えに応え、ひそひそとしゃべる。

ちらりと二人を見る。同じ景色をたくさん見てきたのだろう。芯にあるものが似ている。二人ともやわらかくも凛々しい佇まいをしているから。
この国のことを知ろうとしてくれている、慣習や風俗に従おうとしてくれている姿勢が伝わってきて、二人のことが好きになっていた。

土曜とはいえ、朝の山手線は混んでいる。新宿駅でざっと人が降りていく。発車ベルが鳴り出したころに、彼女が席を立った。彼はまだ座席に座ってスマートフォンをショルダーバッグにしまっている。

え、ここで降りるの? 今だと無理なタイミングよ?

心配して見守るが、新宿駅では降りないようだった。
結局、新宿からもたくさん人が乗ってきたから二人はあまり動けず、座席から立ち上がったところで、不安定に揺られていた(つり革にはつかまれていなかった)。
電車は代々木駅に到着。彼は「ソーリー、ソーリー」と他の乗客に声をかけ、人をかき分けながら降りていった。

郷に入っては郷に従えとは言うけれど、山手線のスムーズな乗降はさすがに難しいよな。ガイドブックに「新宿駅は乗降率No.1。降りるときは早めに準備しよう」なんて書いてあるのかしら。

「楽しんでってくださいね」
二人の滞在が、佳きものでありますように。

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