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午後の珍客
夏のある日。
あらゆる窓を開け放ち、風を入れる。
玄関のドアも内鍵をしたまま開けると、風がすこし通ることを発見。いいぞ。
手ぬぐいに保冷剤を3つしこみ、首の後ろに来るように巻く。最終的にはねじり鉢巻スタイルに。
このくらいなら大丈夫さ、とクーラーなしで机に向かう(クーラーをなるべく入れずにいたい)。
いや、実際机には向かえない(この暑さですもの)。家のことを片付けていると、仕事部屋の壁にふと気配を感じる。
……。
大きなセミがとまっていた。
「ああ、いらした」
うちには網戸がないので、たまにこうして小さな来客があることがある。
ちっともうろたえないぞ、という風にして、セミの出現を受け入れる。
セミがやってきたことで、ちょっと机にでも座って事務作業でもしてみるか、という気になった。
大きなセミは鳴かない。ただ静かにそこにいる。
こちらも粛々と、今月分の請求書を仕上げていく。
「よく来てくれました」
そういう気持ちでいると、それが相手にも伝わるのか、大きなセミは日陰のより過ごしやすいところに移動している。依然、鳴き声ひとつたてずに。
よく知らないけれど、人生いろいろ大変だもんねえ。そんな大きな姿になってしまってからはあまり時間がないんでしょう? とにかく暑いし。うちでよかったら、ゆっくり休んでいってくださいましね。
すこし出かける用事があったのだが、いつでも帰れるように、窓を小さく開けて出る。
帰宅すると、大きなセミはいなくなっていた。
ある夏の邂逅の記録。