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国境の越え方① マレーシア→タイ
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鈍行列車で国境へ
ペナン島の対岸バターワース(Butterworth)から国境の街パダン・ブサル(Padang Besar)までは鈍行列車が出ている。
わざわざ「鈍行が」というのは、急行列車は出ていないからだ。
マレー鉄道は急行列車(都市間鉄道)の予約は可能だが、鈍行はできない。
そのため、時刻表などで事前にわかる列車は、急行鉄道であることが多い。
私のようなぶっつけ本番旅だと、直通がないのではないかという錯覚を覚えてしまう。
ダメ元で直通がないか窓口で聞くと、
「鈍行しかないから当日来てくださいね」とのことだった。
意外な盲点である。
とはいえ、いつでもいいわけではない。
タイ側のパダン・ブサルから近隣の都市ハートヤイ(ハジャイ)まで、タイ時間の15時40分発と16時40分の列車しかないので、これに乗り遅れたら「詰み」というわけだ。
タイとマレーシアには時差がある。
マレーシアよりタイは1時間時間の進みが遅い。
クアラルンプールはバンコクの地図上のほとんど真南だから、妙な話である。
華人の多い中華圏と合わせたという話を読んだことがあるが、真偽は不明だ。
単にボルネオ島に合わせたのかもしれない。
だから、目指すべきは時差を勘案すれば、マレーシア時間の16時40分か、17時40分の列車ということになる。
余裕はまだまだあるが、私は念の為、昼の列車に乗ることにした。
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田園を越えて
切符を駅で買い、構内で列車を待つと、駅員が、
「パダン・ブサーールッ」と怒鳴っている。
随分とローテクである。こういう感じがたまらなくアジアだ。
鈍行はクアラルンプール近郊鉄道と同じ型で、なんなら、クアラルンプール近郊の路線図が貼られたままだった。お下がりらしい。
だが、車窓からの風景は確かに別の場所。
スンガイ・プタニ駅を越え、ジェライ山を抜けると、椰子の木だらけの南部とは違い、平たい土地に田んぼが揺れ、時折ぽつりぽつりと湖が見える。
ひょっとするとここはマレーシアの穀倉地帯なのかもしれない。
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途中、同じくタイを目指すマレーシア人のおじさんと言葉を交わした。
言葉はわからないまでも、どうも、ソンクラーという街で働いているらしい。
国境を越えるのは旅行者だけでない。ここを生活の糧とする人もいるのだ。
そんな当たり前のことにふと気がついた。
マレーシア側パダン・ブサルには15時ごろに着いた。
所要二時間。思ったより時間がかかる。
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最後のマレー料理
パダン・ブサル駅の改札を抜けると食堂がある。
三つほど店舗があるから、シンガポールやマレーシアで見かける「ホーカーセンター」だろう。
ホーカーセンターとは、屋台を一つの場所に集めて営業している施設だ。
見た目はフードコートだが、日本のそれとは違い、チェーン店の類は滅多に入っていない。
昼食は抜くつもりだったが、賑わうホーカーセンターを見るにつれ、心変わりしてしまった。
最後にマレー料理を食うのも良いではないか、と。
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セキュリティ上の問題なのか、混むからなのか、食堂に入ると「荷物を棚に置け」と言われた。
正直、こと海外で荷物をホテルでもないところにポーンと置いておくのは抵抗があるのだが、仕方がない。
郷に入っては郷に従え、食堂に入っては食堂に従え、だ。
豪勢に行きたいところだが、手元にはほとんどマレーシアリンギッが残っていない。
なけなしの金でも買えそうだったのが、マレーシアではよく見かける、ご飯に惣菜をかけるタイプの料理、中国語で「経済飯」と呼ばれる食べ物だった。
それも、選べる惣菜は一つだけ。私は店の人に「米(ナシ)」が欲しいと告げ、惣菜の中から、鶏肉の煮物を選んだ。形だけでも、と目玉焼きはつけてもらった。
計10リンギッ。日本円なら400円にも満たない。もっと使えばよかった、と最後の最後に思う。
慌ただしい食堂で鶏肉飯を食う。
鳥のソースはトマト味で、もう15時だからか、ちょっと冷めている。
可もなく不可もない感じだが、これはこれで悪くない。
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タイ鉄道おおわらわ
パダン・ブサル駅構内にタイ鉄道のチケットカウンターがある。
タイに抜ける個人旅行者はここでチケットを購入し、国境審査の後そのまま列車に乗り込む。
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カウンターには先客が一人だけだ。
コピー紙の張り紙が掲示されており、次の列車の時刻と、「ハートヤイまでは50タイバーツもしくは8マレーシアリンギッでお支払いください」という文言が書かれている。
50タイバーツは当時200円ほどで、8リンギットは280円ほどなので、バーツで払うべきなのだが、あいにく払えるほどのバーツを持っていなかった。
お金の準備をして待っていたが、先客が一向に動かない。
ちょっと覗き込むと、どうやらチケットの発券機が不具合を起こしているらしい。
カウンター内はおおわらわで、若い係員はタイらしく「微笑み」を浮かべながら接客しているが、あきらかに動揺している。
次の列車に間に合うだろうかと若干不安だったが、なんだかかわいそうで、静かに待っていた。
しばらくして先客の分のチケットは出たが、目の前で「休憩」の看板が下りた。
ひとまず機械の調整を行うようだ。
30分ほどして、問題は解消した。
「もう大丈夫?」と聞くと、お兄さんは「問題ありません!」と言った。額には汗、である。
私の分のチケットは問題なく発券された。
マレー鉄道が飛行機の搭乗券と同じサイズだったのに対し、タイ鉄道のチケットは映画のチケットほどの大きさだ。
「どこに行けば良いですか?」と尋ねると、お兄さんは身振り手振りで、カウンターを出て、まっすぐ、と言う。
あまり迷惑をかけたくなくて、そうですか、と頷き、「コップンカッ」と今回初めてのタイ語で礼を言い、カウンターを出た。
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辿り着けない、開かない
ところが、である。
さがせどさがせど出国審査場が見当たらない。Check Point、Departureなど心当たりのある単語を探したが、ない。
ひとまず駅を出てみても、ロータリーがあって団体客がバスに乗るだけだ。
係の人らしき人に尋ねても、「タイ鉄道の人に聞いたほうがいい」の一点張りで、全くわからない。
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結論から言うと、駅の出口を出る前のすぐ右手にある、商業施設であればトイレが置いてありそうな隘路を進むと、出国審査のための待合室があった。
表示も、「タイへの出国」と書かれたコピー用紙一枚が貼られているだけで、あまりにもわかりにくい。
この駅を利用する人のほとんどは、国境越えを目的にしていると思うのだが……出国してほしくないのかもしれない。
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念の為、待合室にいたガタイのいい初老の欧米人に「ここがチェックポイントですか」と聞いてみた。すると、
「そうだと思う。でも列車の出発時刻が近づかないと開かないみたいなんだ。そしてどうやら、列車も遅れているようだ」と時計を見ながら入った。
仕方ないのでしばらく雑談をした。おじさんはグレッグという「ウェールズ人」である。英国人は「英国」ではなく、構成国のイングランドやウェールズなどで国籍を答える人が多い。その感じ、嫌いではない。
話を聞くと私と同じくシンガポールからマレーシアへ抜け、これからタイに向かうらしい。
「ハートヤイですか」と尋ねたら、
「いや、スラッタニーに行くよ。知ってるかい? サムイ島への玄関口なんだ」と答えた。
全く知らない街だったが、日本人には面白く聞こえる「サムイ島」の名を聞き、少し感動した。そして私もサムイ島に行って「全然寒くない、むしろ暑かった」と言うためだけにスラッタニーに行こうかな、などとくだらないことを考えたりした。
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アクロス・ザ・ボーダー
ゲートが開いたのは予定時刻より一時間ほど経ってからだった。
グレッグは、「やっと開いた。いままでのシンガポールとかとは全然違うな」と不満げに呟いた。
待合室の前にある柵が開くと、人々が一斉に動き出す。
階段を降りるとそこにはいくつかの出国審査カウンターが置かれているが、稼働しているのはマレー人用と外国人用の二つだけだった。
外国人カウンターでスタンプをもらうと、自分が国境地帯にいるという実感が湧く。いま、私はどの国にもいない存在なのだ。
少し歩くと、タイ側のイミグレーションだ。
そこも、タイ人用と外国人用の二つだけが稼働している。
顔写真を撮り、スタンプを押してもらう。タイはこれで3度目だから、変わらないルーティーンだ。
だが、査証欄を見ると、スタンプの形状がかつての三角形から、通常の四角形に変わっているのがわかる。
時代もスタンプも変わるのだ。
最近ではシンガポールや韓国、香港、マカオ、あるいは日本など、スタンプの省略も多い。
係員の立場に寄り添えばそのほうがありがたいのは理解できる。
だがやはり、国境を越える旅人としては、スタンプの旅情は何者にも変え難いものがある。なんなら国内旅行の県境でも押して欲しいくらいだ。
スタンプを押される瞬間、流れるように続く旅路にメリハリができる。
「よし、タイに着いたぞ」と。
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国境の鉄条網を越えると、そこはタイ国だった
列車は旧式のものだった。
比較的新しく、当たり前のようにエアコンがついているマレー鉄道の旅を経験した身としては、タイの車両の「趣深い」姿にちょっとびっくりしてしまう。
だが、窓全開でファンが回転している列車内に入ると、不思議とこの方が体にいい気もしてくる(窓からの土埃や煤塵は考えないものとする)。
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チケットに書かれた座席を探していると、係員が、「どこでもいいんで、お座りくださいね!」と叫んでいるのが聞こえた。
おおらかだ。早速、なんだか別の国に来てしまったことに気付かされた。
しばらくして列車は動き出した。
古い車体はガタンゴトンと揺れている。
暑い日差しが窓から降り注ぎ、微風が頬を撫でる。
本当の国境は列車で少し走ったところにある。
川や山があるわけではなく、ただただ鉄条網だけが貼られていた。
だが、国境を越えた瞬間、景観が変化したのが見てとれた。
マレーシアではよく見かけた椰子の木がほとんど見えなくなり、その代わり、灌木のようなものが増えた。野原や田園が広がり、ほとんど手付かず、と入った雰囲気だ。
マレーシアがいかに人工的に作られた景観を持つのかがわかるようだった。
その一方で、タイらしさも見え隠れする。
時々現れるハスの池、通過駅に掲げられたワチラロンコン国王の肖像やたなびくタイ国旗と王室旗……。
あまり仏塔の類は見えなかったが、間違いなくそれらは、「ここからは、仏教の国タイである」と主張しているように見えた。
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列車がスピードを上げると、頬を撫でる微風も、吹き付ける強風に変わる。
強風が吹けば、暑さも吹き飛ぶ。なるほど、エアコンは必要ないわけだ。
線路の近くの空き地で遊ぶ子供たちがいた。
列車に気がつくと、みんなで一列になり、こちらに向かって手を振っている。
マレーシアではあまり見ない光景だった。
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