ジョホールバルの街
ジョホールバルの村と街②
街へ
村の朝は静かである。
昨日までのシンガポールの都会とは違う風情がある。
散歩がてら、私は街のある南の方へと歩き始めた。
道は街の外れを通り、海へと向かう。
左手には刑務所がある。
右手には巨大な自然、娑婆の空気はうまい。
刑務所の二件ほど隣は高校だ。
あまりに変な取り合わせに思えるが、哲学者のフーコーからしたら同じなのかもしれない。
町外れらしい、だだっ広い空間を求める施設の集まりだ。
その区画を抜けると、モールのような施設が現れる。
だが屋根は黄金の玉ねぎ型で、イスラーム建築を思わせる。
看板にもアラビア文字が並ぶ。
アラビア語ではなく、マレー語のアラビア文字転写らしい。
この国のイスラーム色の強さを窺わせる。
しばらく歩けば海岸だ。
とはいえ、覆いで覆われて、海は見えない。
シンガポールをこちら側から見たかったのだが、仕方がない。
海岸沿いには政府機関のようなものが並ぶ。
その中でも一番目立つのはジョホール州庁で、その姿はまるで城だ。
州庁のある通りを横切ると、ジョホールバルの市街地になる。
マレーシアやシンガポールの常で、この市街地は大きく、華人街とリトルインディアに分かれている。
ジョホールバルの華人街
華人街には夜市が立つとホテルのフロントの青年が教えてくれた。
だが昨日は結局「村」で食事を済ませてしまったし、今日はマラッカに向かう日だ。
フロントの青年曰く、マラッカにはもっと大きな市が立つらしい。ジョホールバルは大したことないよ、と。
そう言われてしまうと何とも言えない気持ちになるが、仕方ない。
華人街は朝から賑わっていた。
ストリートミュージシャンもいるし、観光客もいる。
昨日は寂れた駅前と村にしか行かなかったので、「ここがジョホールバルの中心なんだな」と改めて実感させられる。
小さな食堂
さて、朝ごはん場所さがしだ。
観光客向けのところは面白くないし、昨日は安いナシゴレンを食べたので、辺りの物価が急激に高く感じて入る気がしない。
しばらく彷徨いていると、華人街の外れに、まるで小さなガレージのような年季の入った店があった。
おばあさんが一人で入り口に立っていて、テーブルには華人と思われる人が何人かいる。
ここに入らずしてどこに入るというのだ。
何語が通じるかわからず、中に入る旨を手で示し、メニューを眺めたが、何を食えばいいかわからない。
ひとまず私は、スマホのメモ帳に中国語と日本語の折衷で「一番人気 早餐(一番人気の、朝ごはん」と書いて見せた。
すると、おばあさんは、
「カヤトーストでいい?」と流暢な英語で話す。人は見かけによらない。カヤとは、ココナッツの甘味があるマレー特有のジャムだ。
「カヤトーストで。それとコピ(練乳入りコーヒー)を」と頼むと、
「半熟卵はつける?」と尋ねる。
ひとまずこういう時は、と頼むことにした。
調理担当は店の奥にいるお爺さんらしく、おばあさんは華人の客と談笑している。
しばらくすると、インド系のおじさんがやってきて、おばあさんとマレー語で何やら話している。
まさに国際都市だ。
インド系のおじさんは、華人のお客さんに、英語で、「この店で今の妻と出会ったんだ」と言った。
なかなかいい店を見つけた。
待っているとおばあさんがゆで卵を持ってきた。
プラスチックのお椀に二つころんと並んでいる。
おばあさんが「気をつけて!」と言っていたが、熱々である。
殻を剥くと温泉卵で、ボウルにこれを入れてぐちゃぐちゃにして、トーストを浸しながら食べる。
この時は初めて頼んだので、割り方がよくわからず手がベタベタになってしまった。
バターなしのカヤトーストをたまごに浸しながら食べる。
個人的には、案外卵はあってもなくてもいいような気がする。
シンガポールやマレーシアのトーストはサクサクで、私はその食感が好きなのだ。
おばあさんに挨拶して店を出た。
全部で7.9リンギッ。300円くらいだろうか。
リトルインディアと道教寺院
華人街の北には、ヒンドゥー寺院と、グルドワラサヒーブと呼ばれるシーク教の寺がある。
それらを中心にリトルインディアが広がっている。
インドの新年を祝うディワリの特設市場が立っていて、朝は準備で忙しそうだ。
文字や言葉、流れてくる映画音楽から察するに、ジョホールバルもまた、タミル人のコミュニティが強いらしい。
とはいえ、そこから北西に道を逸れると、ベンガル系の人をよく目にするし、ベンガル風の炊き込みご飯(ビリヤニ)も売られている。
ベンガルではビリヤニにじゃがいもを入れるから、写真でわかる。
シンガポールでもこの二大勢力がリトルインディアの中心だった。
リトルインディアの外れに、大きな道教のお寺があった。
華人街の中心にないのは不思議な感じもするが、シンガポールでもこういうことは時折あった。
静かな境内に入ると、老人たちが日陰で談笑するでもなく、香台の方を見つめている。
中庭を闊歩する猫を見ているのかもしれない。
私はお堂の中に入り、見様見真似で覚えた三礼をしてから、これから始まるマレー半島縦断の成功を祈った。