ザ すだち(飲み物という名の冒険②)
「ザ・すだち」
と、その缶には書かれていた。
書体は歌舞伎や相撲で見かける、賑やかで、勢いと漢気を感じさせる野太い書体である。
その書体が、「ザ・すだち」という言葉の持つ異様なオーラを増幅させ、独特のユーモアを醸し出す。
Back in 鳴門
初夏、徳島。
四国は燃えるように暑かった。
私は徳島に着いたばかりだったが、これから何をするかプランもない。
徳島と言えば、特に有名なものが二つある。
阿波踊り、渦潮。
阿波踊りの季節はまだだった。そうなると、渦潮に行ってみるしかない。
私は徳島駅から渦潮で有名な鳴門を目指すことにした。
淡路島から大鳴門橋を渡ってきた私にとっては「戻る」と言った方が良いかもしれない。
鳴門行きの電車までまだ少し時間がある。
とはいえ外をほっつき歩くにもあまりに暑い。
それに無闇矢鱈と散歩を結構すると、電車を乗り過ごして悲惨な結果になりかねない。
私は駅の改札の近くにある「徳島銘品館」に入ることにした。
目的はお土産ではない。
そう、飲み物である。
銘品館 my dear
日本国内を旅するようになって、私は一つの楽しみを覚えた。
それは駅ナカにある「銘品館(あるいは「おみやげ処」、あるいは「おみやげ街道」)」に行き、ご当地ドリンクを買って飲むことである。
大久保や池袋で外国製の怪しいドリンクを飲む「クセ」があった私にとっては、日本国内に星の数ほどご当地ドリンクがあることは幸いだった。
何か良いものはないか、と思いながら銘品館を物色していると、「すだち」の飲料が多く売られていることに気づく。
どうやら徳島と言えば、すだちが有名らしい。
世の中的には常識かもしれないが、あいにく私は知らない。おかげで発見の喜びを得られた。
商品棚には、すだちサイダーの類がたくさん置かれている。だが私の視線をかっさらっていったのはその近くにある別の商品だった。
思わず笑ってしまった。
人は見た目が9割というのは信用していいのかわからないが、缶は見た目が9割だ。
私は即、「ザ・すだち」を手に会計へ向かった。ジャケ買いである。
「冷えてるのもありますよ。とりかえますか?」と店のおばちゃんが言う。
ありがたい。私はお願いすることにした。
「暑いもんね」とおばちゃんは冷えている方を出してくれた。
四国の人はちょうど良い距離感、ちょうど良い温かさで迎え入れてくれる気がする。
The Sudachi
すだち。
実を言えば、飲み物になる果物として認識したのは初めてである。
どちらかといえば、焼き魚の付け合わせ、うどんの付け合わせ、といったイメージで、あの独特の香りが食べ物を引き立ててくれる印象だった。
その、食べ物を引き立てる風味が、飲み物となった時に吉と出るか凶と出るか。
駅の椅子に座り、プルタブを持ち上げる。
「ザ・すだち」はおばちゃんの厚意で、キュッと冷えている。口に含むと、あのすだちの香りが広がる。
魚もうどんも不在のすだち風味も悪くない。さっぱりと、すっきりと、暑さを吹き飛ばしてくれる。
甘さもちょうどいい。酸味が爽やかに効いていて、甘すぎず、酸っぱすぎずちょうどいいラインである。
この爽やかさは、まさに「ザ・すだち」。
徳島最初の飲み物としては上出来だ。
そして、夏にも最適だ。