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クリスマスとホットワイン(飲み物という名の冒険⑧)

もう二日寝ればクリスマスである。
クリスマスの飲み物といえば、一つ思い浮かぶのが、ホットワインだ。

ドイツのグリューヴァイン

私事で恐縮だが(私事しか書いた覚えがないけど)、昔ドイツのベルリンに住んでいたことがある。5〜6歳の時、約1年ほどのことだ。

ドイツはキリスト教国だから、もちろんクリスマスは大々的に祝う。
クリスマスツリーはもみの木を一本買って家の中で飾るし、大抵の家にはアドベントカレンダーというものがある。アドベントカレンダーには24個袋がぶら下がっていて、12月1日から一日一つ袋を開ける。中にはおもちゃやお菓子が入っている。そうやってクリスマスを待ち望むのだ。
そして、そう、近年は日本でも見かけるようになったシュトーレン(我が家ではそう呼んでいる。ドイツ語の発音がそのように聞こえるからだ)や、スパイシーな香りのお菓子レープクーヘンなども風物詩である。

だが、もっと煌びやかな伝統は、クリスマスマーケット(ヴァイナハツマルクト)だろう。最近では日比谷公園や横浜赤レンガ倉庫など日本でも見かけるようになった。
ドイツ各地では、クリスマスまで大々的な市が立ち、シュトーレンやレープクーヘン、クッキーなどのお菓子や、木のおもちゃなどが売られている。真ん中には決まってステージがあり、クリスマスにちなんだ劇などを演じている。
そんなマーケットの中には必ず、ホットワインの店があった。

ホットワインのことをドイツ語では「グリューヴァイン(Glühwein)」という。「火にかけたワイン」とでも訳せるだろうか。
とはいえ、ただワインを温めるわけではない。「熱燗」とは違い、必ずワインの中にスパイスの類を入れる。だからホットワインの屋台のあたりには何ともいえないいい香りがする。

とはいえ当時の私は6歳だから、酒はまだ飲めない。主に父が陶器のマグカップにはいったホットワインを飲んでいるのを見上げているだけだ。寒空の中、熱い酒を飲むのは、何となく大人の勲章のような感じがして羨ましかった。
ちなみにこのマグカップには、例えばベルリンなら「ベルリン・クリスマスマーケット」というようにロゴが入っており、グッズとして買い取ることができる。だから我が家には掃いて捨てるほどグッズのマグカップが溢れている。そんなコレクションもまた、憧れの対象だった。

ドイツ、ならぬ、横浜のクリスマスマーケット(2019年)

小説の中のヴァン・ショー

日本に戻ってくると、特にホットワインと出会う機会も無くなっていた。
改めてホットワインに触れたのは、それもまた、まだ酒を飲めるようになる前の、高校生の時だった。

当時私はミステリ小説にハマっていた。特にアガサ・クリスティなどの正統派の英国ミステリが好きで、「やはりミステリは事件がないと」と思っていた。
そんな中、近藤史恵の『タルト・タタンの夢』という作品をたまたま手に取った。これはフレンチレストランの「ビストロ・パ・マル」という店を舞台とした「日常ミステリ」で、いわゆる事件は起こらないが、客が抱える問題を探偵役の三船シェフが洞察力を持って解きほぐしてゆく。
読むだけでお腹が空いてくる美味しそうな食べ物の描写が添えられた、時に心温まり、時に残酷ともいえるエピソードに、私は「不覚にも」引き込まれていった。それは私に取っては新しいミステリ体験であり、私の人生の中でも大きな意味ある読書だった。

そんな、近藤史恵の「ビストロ・パ・マル」シリーズで大きな役割をする飲み物が「ヴァン・ショー」だった(単行本二作目のタイトルにもなっている)。
ヴァン・ショー(vin chaud)というのは、フランス語で「あたたかいワイン」。そう、ホットワインのことである。作中で心ざわつく事件の当事者となった人々に、三船シェフがそっとヴァン・ショーを差し出す。シナモンなどのスパイスが効いたヴァン・ショーを飲めば、体のみならず心も落ち着く、と。
それを読み、まだ酒を飲んだことがなかった私は勝手に想像をしつつ、いつか飲んでみたいと思ったものだった。

ホットワイン修行とその顛末

大人になってみると、私はホットワインのことなどすっかり忘れていた。
もちろん、一度も飲まなかったわけではない。横浜のクリスマスマーケットで飲んで記憶がある。だが、それっきりで、子供の頃に感じた「憧れ」は薄れていた。

そんな時、ちょうど「ビストロ・パ・マル」シリーズがドラマ化された。ちょうど新作も出た折だったので、読み返してみると、やっぱりヴァン・ショーが気になる。もう大人だから、ちょっと自分でも作ってみようか、と思った。

その頃、私はカレー作りに手を染めるようになっていた。だから、ちょっとだけ、スパイスの扱いにも慣れてきていた頃だった。インド風のスパイシーなチャイも作ったことがあった。それになにより、手元にスパイスがあった。
そういうわけで、私はテキトーなワインを買ってきて、「ホットワイン修行」を始めたのだった。時は秋。目標はクリスマスにホットワインを飲むことだ。

鍋を火にかけ、シナモンとクローブを炒り、潰した生姜とオレンジピールを投入して少し火を入れる。ここまではチャイと同じ(オレンジピール以外)。そのあとはワインと砂糖をドボドボと入れて、煮る(オレンジジュースを入れるパターンもある)。
難しかったのは、アルコールが飛ばないようにすることだった。何度やっても気が抜けてしまう。蓋を閉めてみても、開けたらすぐに飛んでしまう。アルコール分がしっかりと残っていないと、飲んだ時の、「カァーッ温まるぅ」という感じが味わえない。熱くて渋い葡萄ジュースが飲みたいわけではない。

結局、クリスマスまでに用意できた作戦は、鍋の蓋を閉めてホットワインを作り、火を落としてから、蓋に付着した水分を落とす、というものだった。わからないが、蓋にワインの蒸留酒的なものがくっついている可能性に賭けたのである。
そんな作戦は、一人で飲んでいた時はある程度成功し、アルコール分を多少感じられた。だが、クリスマス当日、家族に振る舞った時は散々で、アルコールはすっかり飛んでいた。

自作ホットワイン。中々奥が深い。

翌年以降、見かねた家族が出来合いのホットワインを買ってくるようになった。そんなものがあるということも知らなかった。
ドイツ製品のようで、髭文字で「グリューヴァイン」と書かれたボトルから例のマグカップにワインを注ぎ、レンジで温めて飲む。すると味のバランスも良く、アルコールも残った素敵なホットワインができる。
じゃあこれでいいじゃん、と今年も既製品を飲んでクリスマスを感じている。

だがいつかは、自分で作りたい。奥深い世界をモノにしてこそ人生だ。ホットワイン修行は続く。

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