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Machine of the Eternityー黒い剣士と夜の月ー

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「イーオー君っ!」
煙草を購入後、賑わう街をうろついていると背後から俺を呼ぶ若い女の声。
永遠の人形管理機関製造ナンバー100。それが、永遠の人形である俺の名前。通称イオ。その名を呼ぶ者がほとんどなのでさして過剰に反応を示す程ではないが、彼女だけはそうはいかない。
「『運動リミッター一時解除。歩行速度からマックス速度時速一二二四キロに移行。変換まで三、ニ、一』‥‥‥」
「何マッハ速度で逃げようとしてるのかしら?イオ君?」
俺の肩を尋常じゃない握力で掴む彼女を振り返れば、誰もが見返す程の美貌がそこにあった。栗色の緩く巻かれた髪に、薄く施されたメイク。落ち着いた大人の女性の雰囲気を醸し出している。しかし、それに不釣り合いな油まみれの白衣によって、その煌めきは半減していた。
「よぉ、久しぶりだなミズノ」
「何が久しぶりよ。逃げようとしたくせに。しかも、わざわざ音声コードで運動タイプに変更なんて。私から逃げる気満々じゃない。‥‥あ、それとも脳波信号の自動変換機能トラブル?それなら大変。今すぐ診てあげるわ、さあ、診療所に行きましょ。心配しないで、修理、分解、改造含めて十分で終わらせてあげるから」
診療所に引っ張るどころか、どこから出してきたのかわからない程の量のドライバーやレンチを両手の指に挟んで今この場で分解する気満々だった。興奮して呼吸が激しくなる。美人が台なしだ。
「遠慮しておく。残念ながら身体はいたって健康そのものだ。ミズノの声を聞くと身体が勝手に反応してくれる程にはな」
「それってどういうことよ?まったく、人をからかうなんて。また管理機関の許可もなしに勝手に学習能力プログラム弄ったわね?」
やっぱり修理が必要ね。と、ミズノは俺の頭をドイバーで突っつきながら顔を寄せた。
ミズノ。
美人医師。またの顔を変態機械技師。
俺も、恐らくこの街の人々皆がそれ以上を知らない。もちろんこの街に人間がいないわけではないが、永遠の人形で栄えたこの街〈機械工の街(ベルヘム)〉に人間のが住み付くことは珍しい。そんな珍しい存在である彼女がなぜこんな機械で溢れた街にいるのか。それは、本人曰く機械工を職にしていた父の影響をもろに受けたらかららしい。
ミズノは根っからの機械、得に〈永遠の人形(エターナルドール)〉マニアだ。他国同様、危険地帯の派遣や重労働、戦闘要員に用いられる事の多い永遠の人形は故障が耐えない。そこでミズノは数々の永遠の人形と契約を結び修理や改造を行っているのだ。まあ、そう銘打って実験紛いの事をすることもしばしば。俺も被害者の一人だ。
「そんなことより、昼間から外にいるなんて珍しいな。仕事か?」
次は俺をどんな風に改造してやろうかとニヤつくミズノの思考を遮るように問う。いつも本業の医師業すらも放っておいてまで機械を弄りまくる彼女だ。何か特別な理由でもあったのだろうと思ったからだ。
「ふふふ、聞きたい?」
焦らすミズノ。俺の予想した答えは返ってきそうにない。しかも、聞きたくないと答えたところでミズノの事だ、恥ずかし気もなく高らかに語るだろう。
「今日はね、私の初恋の人にして永遠の恋人。ライディーン=クウォーツ様の講演会だったのよ!彼から直々に永遠の人形の話が聞けるなんて滅多にないわ。チケットだって裏の裏の裏の道を駆使してようやく手に入れたのよ。はぁぁぁ、ライディーン様。私、初めては彼に取っておいてあるのよ」
聞いても無いし、興味もないことまで答えたミズノは自身を抱きしめるようにして午前中にあったであろうライディーン=クウォーツの講演会を思い出して酔いしれる。その事に特に何も感じはしない俺だが、何故か足が勝手に退いた気がした。
機械に性的興奮まで覚えるという彼女が唯一興味を持つ人間。年齢は知らないがかなりいっているはずだ。ミズノは見た目や体つき、思考からして二十代後半。かなりの熟年好きと伺える。技術者の権威とも言えるライディーンを憧れる者は多いが、彼女はまた別の部類に入るだろう。
「そうか。相変わらずの追っかけっぷりって訳だな」
「ええ、もちろんよ。人間は欲望に忠実なの。残念ながら貴方達には備わってない感情でしょうけど。そういうイオ君もこの辺にいるなんて珍しいんじゃないの?仕事‥‥には見えないけど?」
俺の仕事は請負人。いわゆる何でも屋だ。
〈永遠の人形〉である故に、未開拓地帯や、裏企業の軍への情報提供、運び屋紛いの仕事、探偵業まで広範囲だが、人間には好まれない仕事の請負が多いので表に出てやるような仕事は滅多にこない。
「これだこれ。物資不足のせいで事務所の下の煙草屋に売ってなかったんだよ。首都の混乱に乗じて逆に増えると思ったんだけどな。街中の店を駈けずりまわってようやくこれだ」
右手に下げたワンカートン分の煙草が入った袋を振る。永遠の人形の研究員が偶然発見した人間の煙草とは全く違うそれは、軽い依存症のような症状が一時的に現れ、集中力の向上、安心感を与える為、煙や成分が身体に対して一律に有毒とは言えない。しかし、感覚器官のマヒや極度の依存症を引き起こした例もあり、まだまだ研究段階だ。政府からの許可がおりていないため非合法であるが、物流が盛んなベルヘムでは人間の煙草と同じくらい出回っており、入手ルートも多少なりとも確保されているほどの代物だ。暗黙の領域ってやつだ。
「煙草、ねえ。いくら入ってこないって言ったってよくそんなに集めたわね。人間のと違ってはっきり有毒性があるって言えないけど、まだまだ研究段階。危険なのに変わりはないわ。これを機に止めたらよかったのに。事例はないけど〈核(コア)〉への影響だってないとは言い切れないんだから」
表情が心なしか曇ったのを俺は見逃していなかった。ミズノは、機械が壊れる事に関してだけ異常に過敏になる。もちろん機械好きの性として興味の対象が動かなくなることに悲観するのは人間備わった当然の感情であるのだろうが、詳しい理由はわからない。ただ、副業ではあるものの自分を機械工に導いた父親となんらかの関係があるのかもしれない。勝手な推測だが。
「‥‥‥努力するよ」
俺は、ミズノの頭に手を載せてぽんぽんと軽く二度叩いた。
「あなたにそんな機能が備わってるなんて初耳だわ」
ミズノはからかうように言って照れ笑いを見せていた。ミズノにしては珍しく幼い女の子のような表情だ。

ヴーッ、ヴーッ‥‥‥。

突然ポケットの中のケータイが震えた。バイブの種類的に電話であることはあきらかだ。大方首都軍からの違法改造検査の要請か、怪しい宗教の勧誘電話か。まあ、運が良くて仕事の電話だ。首都の混乱のせいで後者の可能性はほぼ皆無。そう思ったら相手の番号も確認せずに電話に出ていた。
「もしもし?」
「よお、イオ!久しぶりだな!」
「・・・・シルド、か?」
音声がダダ漏れになる程受話器超しに叫んでいたのは、ベルヘム一人気のバー〈龍弾(ドラガン)〉店主兼、情報屋。永遠の人形管理機関製造ナンバー046。通称シルド。俺の大切な商売相手。
そして、訳ありの過去を持つ(話せば長いのでここでは割愛する)俺をミズノとともに世話してくれた兄貴のような男だ。
「喜べ!仕事だ。し、ご、と。どうせ暇で煙草探し回ってんだろ?三十分後に事務所に行くから部屋掃除でもしとけ。じゃあ後でな」
勢いそのままに切られた電話。
ミズノにも会話は筒抜けだっただろう。ミズノを見ると、半ば呆れたように肩をすくませた。相変わらず、とでも言いたげだ。シルドもまたミズノに世話になっているが、この様子だとミズノも最近シルドに会っていないようだ。それだけ危険な仕事がないと言うことだろうか。さすがにあのまま仕事の話を始めたら止めるつもりだったが、シルドもその辺はわきまえていたようだ。
「久しぶりの仕事じゃない。おめでとう。それに比例して私の仕事が増えるってわけね」
「シルドが持ってくる仕事がいつも危ないみたいに言うなよ」
ほんとの事じゃない。ミズノは言いうと腕時計を一瞥。せいぜい頑張れと手を振って、華麗に身を翻して去っていった。その美しさと異様さに誰もが振り返る。そんな背中を見送りながら、俺はふと思い出す。
「あ、事務所汚いんだった」
足場のない事務所の光景を頭に浮かべ、とりあえず何をどこに押し込んでおこうかと考えながら、調度ミズノと背を向け合う用にして踵を返した。

ダン ダン ダン。

部屋に戻った途端にノックの勢いで扉が揺れた。電話があった時刻からちょうど三〇分後だ。
「鍵なら開いてる」
「よぉ。って、なんだよ。相変わらず汚いなこの部屋」
「ミズノに捕まってたから掃除が間に合わなかったんだ。・・・・で、仕事って?」
シルドは煙草に火を付ける。
「あぁ。実は常連の〈警察(マン)〉に頼まれてな。先日<北部有毒地域(ジャンナイル)>付近で変死体を発見した。近くで黒い瞳の眼球が発見されていてな、警察は薬品での着色の形跡もないことから〈倭民族(わみんぞく)〉の可能性があると踏んでるが、ジャンナイルつったら国家指定の立入禁止区域で有名だろう?だから、下手に手が出せないらしいんだ。お前なら適役だと思ってな。軍部からの依頼でもあるから報酬ははずんでくれるぞ、多分」
「所詮税金からだろ?自分の金が返ってきたって全然うれしくねえよ」
シルドが持ってきた捜査資料に目を通していると、その中には倭民族の資料が数枚入っていた。

倭民族

古の極東地域の血を引くこの世界で唯一漆黒の瞳と髪を持つといわれる特殊な希少民族だ。顕性遺伝の関係により、他の種族の血が混ざればその色は後世に一切受け継がれることはない。つまり、純血の証である髪と瞳を持つ物のみがその名をを名乗ることができるのだ。そのため、彼らは村に人をまったく寄せ付けず、地図にまで居住区の場所を載せることを拒否。存在すらおとぎ話として認識している者も数多い。しかし、彼らは確かに存在する。その希少性から最近では多くの倭民族狩りという者まで横行し、彼らを捕らえら高値で売買すると言う噂は俺の耳にも届いている。実際手に入れて欲しいと言う依頼を受けたことがある。もちろん断ったが。
そんな中警察では、の保護を進めているが、村長がそれを頑なに拒否しているという話だ。
「で、軍部の依頼なら政府直属の〈軍事機械警察(マシン)〉に任せれば高い報酬も払わなくていいのになんであんたにそんな話が舞い込んできたんだ?」
「首都の反政府武装集団の暴走阻止のために皆派遣されちまって出払ってるんだと。お前もテレビ見てたらわかるだろ?お国は今、希少民族の危機よりも首都の鎮静化が最優先なんだと。
いいだろ。お前だって勝手に自分のこと改造して軍事機械警察と作りは武器が付いてないこと以外そんなに性能変んねえんだから」
そう言われてしまえばいい返す言葉もない。シルドの言う通り、軍部の依頼なら報酬も弾むだろう。今は仕事を選べる状況ではない。
「で、内容は?」
おぉ、と、シルドが感嘆の声を上げて二本目の煙草に火を付けた。よく見たら俺のだ。しかし、言う間もなく依頼の説明が始まった。
「昨日の夜、ジャンナイル管理局の人間が有毒物調査の定期点検の際に変死体を発見した。頭部の皮膚が剥がされ、目玉を抜かれている。身元不明だった死体はすぐに解剖に回された、DNA鑑定の結果死体はのわ民族の成人男性だということはわかったらしい。だがそれ以外は不明だ」
ジャンナイル。
ベルヘムの外れにある毒ガス発生地域。過去にベルヘムの繁栄に伴って不法投棄された産業廃棄物の数々、機械油などで埋め尽くされ、汚染物質のたまり場となり生まれた地。現在は、国の環境管理団体の元立ち入りが制限され、廃棄物の除去作業が始まっている。しかし、例の如く首都の混乱のため、汚染物質の有毒性に絶えられる永遠の人間がおらず、その作業は現在休止中だ。
「その遺体の身元調査か?」
「いや、倭民族は閉鎖的な村だ。国の保護さえ拒む程にな。そんな奴らがそうほいほい村の外に出るとは思えないから、軍は村が何らかの者に発見、襲われてジャンナイルに運ばれたんじゃないかと踏んだわけだ。まだきちんとした捜査が回ってないからはっきりとは言えないが、近くで大規模な火災も発生しているから可能性はかなり高い。だが、ジャンナイルを隈なく捜索することは管理団体にも不可能だ」
「つまり、ジャンナイルを調べて倭民族の痕跡を探せってことか?死体とか」
シルドは深々と頷いて煙草の煙を吐く。資料の写真を何枚か見ていくと、遺体の写真があった。髪の毛は刈り取るわけではなく頭皮から綺麗に剥がされてている。
「死体、もしくは体の一部があれば出来れば持ってきてほしいが、汚染が酷いようなら写真でも構わない。お前の足なり部品なり、身分証明書なりと一緒に撮って来い。政府はシビアだからな。ちなみに、情報が漏れたり、お前が倭民族連れてトンズラこいたら俺がスクラップだからな」
「ああ、脳回路にでも銘じとくよ」
ふざけて笑い、シルドから半分程減った煙草を取り上げ、一気に吸って思い切り吐いた。

ダリアルクト州・ジャンナイル。

「ジャンナイル。確かに、生身の人間じゃ生きてるわけないよな」
近郊の街や村などの廃棄物や、工業廃水、汚染物質、毒物などを不法投棄したことで生まれたここジャンナイルは、常に地面から有毒ガスが噴き出している危険な地帯である。生身の人間であれば、ガスマスクをしていないと一分もせずあらゆる毒が身体中に回り、吐き気、眩暈、呼吸困難、心拍の異常な上昇などの症状に陥り死に至る。〈#永遠の人形__エターナルドール__#〉であっても、生身の部分が汚染されれば、呼吸困難に陥る。持ってせいぜい2時間。本当にそんなところにわざわざ人をさらって連れて行くようなことをするだろうと疑問はあったが仕事は仕事。今のうちにと新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
「とっとと済まして帰ろう」
俺は、時計に目をやりつつ進んだ。

死体なら沢山あった。
しかし、どれもこれも漆黒の瞳も髪も持ってはいなかった。それらすべて、毒に犯され制御機能に麻痺を起こし、痛みも苦しみもないまま狂って自ら人口皮膚を剥ぎ取り、鋼の骨組みがあらわとなっていた。奴らは、俺と同じ、だ。
生身の臓器の生命維持のため、血管状の管から流されて#機械油__オイル__#の海と化していた。
「‥‥‥毒制御を持たない永遠の人形ばかりだな。死体が回収されてない辺り金目当ての不法侵入者か」
ジャンナイルはその有毒性から投棄されて回収されないでいる機器や資材が多数ある。投棄されているものは売れば幾らか金になるのでホームレス化した永遠の人形が不法侵入するケースが多数報告されている。痛みも、苦しみもないままいつの間にか動かなくなったであろう死体たちを目の当たりにし、俺はなぜか、背筋が寒くなような今まで感じたことのない嫌な気分を感じた。
「黒い髪に瞳か。本当にいるのか?そんな人間」
この国、いや、世界の人間の髪色は一般的に皆茶色か、灰色か、黄色である。突然変異があったとしても、せいぜい藍である。藍といっても限りなく青に近い藍だが。
しかし、実際に黒い眼球が見つかっているのだ。
さらに奥へ進むと、黒く濁った色をした岩に囲まれた洞窟があった。どうやら岩までもが毒ガスに侵されているらしい。
俺は右手にカメラ、左手にシルドに借りた銃を構え洞窟の中へ入った。

「硫黄とアンモニアか?」
そのなんとも分析し難い匂いを嗅ぎながら歩いていると、僅かながら人の気配を感じた。俺は、〈聴力センサー〉を集音モードに変更する。
『ちっ、てこずらせやがって。‥‥‥あぁ、仕事‥‥‥で完了だ。これで最後だ。‥‥‥女だ』
それは、電話で会話しているようだった。さらに神経を集中させる。
『―――あぁ。一人逃がしちまったが、まぁ、軟弱な野郎だったから問題はねえだろう。それに、ここから生きて逃げられるわけがねえだろ?』
対象者は一方的に話しているように聞こえる。恐らく電話をしているのだろう。電話での会話のあとに、髪の毛を切る音によく似た音が聞こえた。
『次は目玉か』
「目玉?」

ぐちゃっ。
グロテスクな水音が頭に響く。
俺は対象者の行動を理解し、これ以上聞く必要もないだろうと集音モードを切った。
「これで最後、か。先に進めば、髪と目玉のない死体が何体もあるってわけか」
 俺は声のする方を目指し、走った。