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Machine of the Eternity ー黒い剣士と夜の月ー

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『よし、今日はこれで終わりにしようか。師匠。よろしいでしょうか?』
『うむ』
師匠は深々と頷くと、道場中に子供たちのはしゃぎ声が溢れだし、いっせいに皆が道場を後にする。
『先生。ありがとうございましたぁ』
小さな道場ではあったが、僕はそこで剣術の指導者として子供たちを指導していた。いつ民族狩りが現れても対処できるようにと。強い力を養うために。稽古を終えた僕は、家に帰る前に許嫁のあやめの家へ寄った。それがいつもの日課だった。
風に乗り、門の外まで聞こえてきた舞の稽古をしているあやめの詩に誘われて、僕は村一番大きい芹沢家、あやめの家の門を潜った。
『――――――もう間に合わんのか?』
勝手を知る家の一室の襖から漏れた小さな声は、僕が一番知り、よく聞く声だった。
『父上?』
隙間の開いた襖から覗いた。
そこにいたのは、やはり、僕の父満長彰と、あやめの父である芹沢 善蔵だった。二人は神妙な面持ちで向かい合っていた。二人を包む空気は重く暗い、絶望のような空気だ。
『長の話を聞いただろう。奴に村の場所を見つけられた以上、もう、倭民族は滅ぶべきなのだろうな』
『なっ!』
どういう事だ?村が、僕達が、滅ぶ?
『しかし!軍の守りは?奴らだけはここには近づけぬはず』
善蔵殿の決断に父は反論の言葉を返そうとする。
『彰よ。我々は他の施しを受ける気はない。長が軍の力を頼っていると本気で思っているのか?奴は、あの青刺の男は老若男女問わず、あれを探し出すためなら何でもするだろうよ。目玉は刳られ、価値のある髪の毛は皮膚ごと剥ぎ取られ売られる。民族狩りに見付けられるたびに我々は逃げ続け、規模を減らしてきた。だが、いつまでも逃げ続けることはできまい。それならば、誇りを持ち死ぬほうがよくはないのか?』
刺青の男。そいつは一体何者なんだ?襖から覗く瞳に殺気が生まれる。
『あれ、か。夜月。奪われる前にあれを探し出すことは出来ぬのか?』
夜月?
『ま、こ、と』
僕は、声を抑え、肩をびくつかせ身体だけで驚いた。振り返ると、そこには艶のある漆黒の髪を風に靡かせ、僕が驚いたことに喜び、無邪気に微笑む恋人。あやめがいた。絶望的な会話を一気に消し去ってしまうかのような希望に満ちた温かな微笑み。
『何してるの?』『え、いや。な、何でもないよ』
『誠?』
問おうとするあやめの手を引き、走り出した僕は再び門を潜る。
父上と善蔵の話を少しでも早く忘れる為に。

『はぁ、はぁっ、はぁ‥‥‥』
止まる事なく走り続けた俺は、あやめが息を切らしていることに気付いていなかった。
『誠、待って、待ってよ』
ただ、現実から逃げることに集中していた意識は、あやめの声によって呼び戻された。気がつくと、あやめの細い腕を力いっぱい握り締めていた。手はがくがくと震え、自分自身も息が上がっていた。
『あ、ごめん』
『どうしたの?今日の誠何か変よ』
僕を写す美しい夜色から目を反らす。押し寄せる恐怖と、言いようのない不安に気づかれないように呼吸を整えながら。
『何でもないんだ。でも』
不思議そうに首を傾げるあやめがなんだかとても愛しくなって、僕は、無意識にあやめの細い身体を引き寄せて、強く、強く抱きしめた。
『え。ちょっと、誠?』
『ごめん。しばらくこのままでいさせてくれ』
あやめは黙って、僕の背中へ細い腕を回した。暖かな風だけが僕達の口付けを見ていた。
失ってたまるか。
村の皆も。
僕自身の命も。
彼女の命も。
『大丈夫?』
その微笑みは、僕の中の濁った水を浄化するようだった。
『ありがとう。何も聞かないでくれて。こんな僕を愛してくれて』
『当たり前じゃない。私は、この世がどんなに過酷な世界でも、あなたがいれば充分なんだから』
長い時間繋がれていた手が惜しむようにほどかれたのはそれから何時間もたって、夕日が沈む頃だった。
『約束よ。私とずーっと一緒に生きていこうね』

翌日、眠りについていた村は爆破音によって目覚めた。
『誠っ!』
『起きています。今のは一体?』
襖越しからでもわかる赤にも橙にも見える明かり。父と共に外へ出ると、村が、そして村全体を覆っていた森が火の海と化していた。
『誠!儂は爆発があったところへ行く。お前はなるべく多くの人を風上に避難させるんだ、気をつけるんだぞ』
『わかりました』
寝間着から胴着と袴姿に着替えた僕は、井戸の水を被り、腰に真剣を挿して火の上がる村の中心部へ走った。

村中を回った僕は愕然としていた。
『おい、おい!しっかりしろ・・・っ!』
足元に倒れていたのは、道場に通う生徒のように見えたがその面影はまるでない。
目玉をくり抜かれ、髪を引き剥がされ、見る影もない。すでに虫の息だ。持ち主が息絶えたことがわからないかのように大野の心臓は鼓動を続け、血液を傷口からどくどくと出し続けていた。
『なん、で・・・なんで!くそっ』
涙をこらえて立ち上がり、燃え上がった村を見回した。
老若男女関係なく、かつての面影を失った村人皆無惨な姿となっていた。吐き気を押さえる事が出来なかった俺は、足元に吐瀉物を吐き出し、炎の熱で渇ききった胴着の袖で口を拭った。
『民族狩り。なんで、なんで、こんなことに』
再び込み上げる嘔吐感を必死に抑えながら、昨日の善蔵殿と父上の会話を思い出していた。

―――あの青刺の男は老若男女問わず、あれを探し出すためなら何でもするだろう。目玉は刳られ、価値のある髪の毛は皮膚ごと剥ぎ取られ売られる。それならば、誇りを持ち死ぬほうがよくはないのか?

自分の推測に寒気がした。そして自分の心に言い聞かす。まさか、そんな事はありえないのだと。

『きゃぁぁぁっ!』
村の奥から聞こえた悲鳴。それは、聞き覚えのある声だった。
『あやめ!』
僕は、一心不乱に血液と内臓に染められたおぞましい灼熱の地面を力いっぱい蹴った。

気を失ったあやめの長い髪の毛を掴んでいたのは顔に右目をまたぐ青刺を湛えた男だった。その傍らには善蔵がもはや言うまでもない無惨な姿で転がっている。僕は、腰の刀を抜き、男との間合いを積める。
『あやめを離せ!』『誠!?と、さま・・・お父様がっ』
血液に濡れた唇の右端だけを吊り上げ、男は奇妙に笑った。
『あぁ?なんだまだ、生き残りがいたのか。ふ・・・・まあいい。俺に立ち向かう勇気に敬意を評して、特別にお前はこの娘共々俺の奴隷でもにしてやるとするかな・・・・っ!』
『お喋りな御主人様は今すぐあの世へ行くべきだ』
赤黒い、奇妙な血管の浮き出た男の首へ切っ先を突き立て、吐き捨てた。
『さあ、あやめを離せ!』
『嫌だね』
青刺が歪む。
『何?』
男の余裕の態度は俺の予想を裏切った。突き立てた刀を掴むと、自分の首を切り裂いたのだ。
しかし、首筋から血液が溢れ出ることはなく、どろりとした赤黒い粘膜だけが流れた。皮膚は確かに剥がれたが、皮膚の下から除いていたのは血に濡れた肉ではなく鋼の骨組みだけだった。
『な、んだ?お前、は』

パキィン。

僕の疑問を余所に、男は刀を握る力を強め、ついには折った。刀を握ったどの手もまた、鋼だった。僕は、驚きと恐怖で無意識に後ずさっていた。
「まさか、お前・・あの機械人形、なの?」
『はっ、永遠の人形(エターナルドール)を見たこともない世間知らずなんてのはもう倭民族ぐらいだろうぜ。いいか?お前に俺は殺れないんだよ』
ごっ・・・・。
『う・・・・・っ!』
突然後頭部に衝撃が走った。振り返る間もなく、僕の意識は途絶えた。