見出し画像

ガムラン銀河鉄道

2022年7月1日に急逝した中野千恵子さんへ(トップ画像は高地伸幸さん撮影)

 夜中にふと目が覚めると、誰もいないホームの上に立っていました。すると線路の向こうからすーっと汽車がやって来て目の前にぴたっと止まったので、思わず、ひょいと飛び乗りました。これまで、いろんな取材へ、ジャワの世界へと飛び込んで来た身軽さで。そこには、これまでに聞いたことがないほどに美しいガムランの調べが流れていました。

 「あれ? ここは日本のはずなのに、どうして? これは何の音階だろう?」

 その耳は、ガムランの柔らかな音の旋律とゆったりしたリズムを丹念に拾いました。しばらく日本に滞在していたので、そろそろ楽器を触りたいな、生の音が恋しいな、と思っていた矢先でした。聞きたかった、そのガムランの音が、列車の中には鳴り響いていました。懐かしいガムランの音で満たされた列車はすぐに動き出しました。

 暗い車窓の外へと目をやると、先端の見えないほどに巨大なグヌンガンが天を突き刺すようにしてそそり立っているのが見えました。そして、そのグヌンガンが大きく動いてから、ふっと消えたかと思うと、ワヤン人形たちが次々に現れました。英雄も悪役も神々も動物たちも、次々に登場して来ます。普段の公演ではほんの一部しか使われない人形たちが、今日はまるでカーテンコールのように、総出演していました。

 それぞれの人形が、話したり、ぶつかり合いながら激しく戦ったり、ワヤンでこれまでに見てきた様々なポーズを自由自在に鮮やかに決めながら、車窓を流れ去って行きました。

 そう、徹夜ワヤンは始まったばかりでした。今日はどんなラコン(演目)なのでしょうか。これまでに一度も見たことのない新しい物語が演じられ始めているようでした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?