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じゃじゃ版謎解き「ザリガニの鳴くところ」

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映画「ザリガニの鳴くところ」(主演 デイジー・エドガー=ジョーンズ)

主人公カイアは、自身の書籍の受賞レセプションで

「自然に善も悪もない。それぞれが生きることに精一杯なだけ」

と言う。それは、人間の社会に背を向け、湿地――多くの生き物が生息するところ――に身を委ねてきた彼女の生き方そのものである。

そう考えれば、ラストは納得できる。田中慎弥の小説「共喰い」に「生まれ育った郷里を離れるか、育ててくれた父親を殺すか」というくだりがあるが、まさにその二者択一を迫られた結果なのだ。母親や兄弟姉妹は前者を選んだに過ぎない。おっと、この辺りにしておかないと、ネタバレになってしまう(って、もうなってるか……)。

それに関連して私がこの映画で着目したいのは、終盤判決が出た直後にカイアが下腹部を抑えたシーンだ。あれは当然妊娠を示唆しているが、時系列からしてお腹の子は、その後終生を共にしたテイトの子ではありえない。それまで関係を持っていた死んだDV男チェイスの子に違いない。

ネット上ではチェイスの強い男種を策略的に得たという見方もあるようだが、私はそれに与しない。意図せぬ妊娠だったと思う。自然界には策略など存在しないのだから――。その後のテイトとの生活も含めて、自然の流れに彼女が身を任せた結果であろう。

むしろ、チェイスの子を身籠ったと自覚したからこそ、カイアは犯行に及んだのだろう(あーあ、言っちゃった)。このままではお腹の子が自分と同じ境遇――暴力に怯える毎日になると怖れたのだ。

しかし大きな意味では、優男テイトも暴力男チェイスも、カイアにとっては変わらないのかもしれない。湿地を汚す――すなわちカイアの生活を乱す異物である――という意味において。

画像引用元 FASHION PRESS

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