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愛原絵理が母にあてた手紙を想像する
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小説「祈りのカルテ」(知念実希人)
お母さん、ごめんなさい。今まで辛く当たってしまって……。そして私を生み、育ててくれたこと、それから今日まで優しく見守ってきてくれたことに心から感謝します。
私がこんな病気にならなければ、お母さんや紗智にもう少しいい暮らしをしてもらえたのに。本当に残念です。お母さんの察している通り、私はそれだけを目標に水の合わない芸能界で頑張ってきました。
だから私の病気──拡張型心筋症というのが、心臓の筋肉が薄く伸びていき、やがては全身へ血液を送ることができなくなって死に至る病だと聞いたときにはとてもショックでした。
心臓移植をすれば助かるとも聞きましたが、日本では死亡判定の問題から心停止前の心臓提供者を探すことは難しい。脳死を死亡とするアメリカなどでは比較的簡単に見つかるようですが、アメリカで移植手術を受けるには億単位のおカネがかかる。
もちろん私にはそんなおカネはないし、所属している事務所もあの通りのありさまで用立てるのは無理だと分かっていました。つまり、私が命をつなぐ確率は限りなく低いのだということを認識させられました。
そうなってみると、あらためて気がかりなのは妹の紗智のことでした。彼女もまた重い病気に苦しんでいる。まだ高校生だと言うのに腎臓を患い、人工透析を受けながら当てもなく腎臓移植を待っているなんて。
そこで、私はマネージャーの横溝さんと相談して一計を案じることにしました。最初に考えたのは、既に実行したように私の病気を公表して、アメリカでの移植手術に要するおカネを寄付によって集めることでした。
でも、入退院を繰り返しているうちに、考えが変わってきました。私と同じような心臓の病気で多くの子どもたちが死んでいくのを目の当たりにしたからです。そこで、私のアメリカでの移植手術費以上のおカネを集めて小児心臓病の研究費用に使ってもらうことを目論みました。
だけど、それでは私は助かっても、紗智は当てもなくドナーを待ち続けることになります。心臓病研究費だって私の手術費用を差し引いたら、大した額にならないでしょう。
だから、私は決めました。手術費の寄付は募るけど、私は移植手術を受けないと。集めた手術費用は全額研究費に充ててもらうようにしてあります。移植手術を受けなければ私は、遠からずして心機能が弱まり、脳死状態になるはずです。
そこで、最後にお願いあります。脳死状態になったら、その判定をされる前に紗智へ生体腎移植を行ってもらうようにして欲しいのです。脳死判定後だと、制度上移植する相手を選べなくなるからです。
最後の最後まで、こんな我儘をお願いしてごめんなさい。だけど、それが私にできる最善のことだから。どうかよろしくお願いします。
ありがとう、お母さん。