三重のらせん構造
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小説「湖の女たち」(吉田修一)
最初にこの小説を原作とする映画を観たのだが、そのときは正直、これはないだろう、と思った。
というのは、いくつかの話が別々にばら撒かれて、それらのつながりがよく分からないまま、何の収束も見ずに終わってしまったからである。回収されないにもほどがある──、それで原作を読んでみようと思ったのである。
ばら撒かれる話は大きく三つ。その辺りは小説も映画と変わらない(つまり映画は原作をほぼ忠実に描いている)。ひとつは介護施設での連続殺人の話である。もう一つは、90年代に起きた血液製剤の薬害事件さらには旧日本軍が満州で行った人体実験の話。そして三つ目は、壊れ堕ちていく男と女の話である。
介護施設での被害者の一人は、二つ目の話──70数年前の人体実験の関係者のようだ。そして、その人体実験の別の関係者は20数年前、すなわち90年代の薬害事件の被疑者である。
一方、介護施設の殺人事件を捜査する刑事の一人は薬害事件当時、立件寸前まで漕ぎつけながら、上からの圧力でつぶされた苦い過去を持つ。さらに三つ目の堕ちていく男と女は、殺人事件を捜査する別の刑事と殺害場所で働く女性介護士である。
つまり、三つの話は絡み合ってはいるが、決して一本の線では結ばれない。一つ目と二つ目は一見つながりがありそうだが、終盤一つ目の事件の容疑者として浮かび上がるのはまったく関係のない人物である。その容疑すら最後まで不確かで、一人の老女の旧満州でのおぼろげな記憶と現在の殺人事件を取材する雑誌記者の心象風景がただ重なり合うだけだ。
ましてや、三つ目の話──男と女のアブノーマルな関係──は、他のふたつの話と何のつながりもないように見える。ただそこに共通してあるのは湖──あるときは暗くどす黒く、ある時は真っ白で美しい広大な湖が話の端々に横たわる。
だが、映画では得られなかった納得感が小説ではあったのである。三つの話は小説でも一つにつながらない。が、もとよりこれは推理小説でもなければミステリー小説でもないのだから、犯人を探し当てたり、事の真相を明らかにすることが主題ではない。
人間の持つダークな側面と美しくありたいと願う心の間で、三つの話それぞれがグラデーションとなって揺れ動く。まるで湖の水面のように。そしてそれは三重のらせん構造をなして、一つの物語として見事に成立しているのである。