力で何でもできる──品位をなくしたアメリカ
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新書「ルポ トランプ王国」(金成隆一)
今回の米大統領選は史上まれに見る接戦だと言われていた。勝敗が決するのに開票後何日もかかるとさえ……。なのに、蓋を開けてみたらこの男の圧勝だった。
嫌な予感はしていたのだ。というのは、その1週間ほど前のワールドシリ―ズ第4戦のことだ。あの試合でドジャースの右翼手ムーキー・ベッツがフェンス際のファウルフライを捕球したところ、あろうことか最前列のヤンキースファンがベッツのグラブからボールをもぎ取ってしまった。
日本のプロ野球の試合でも、たまにスタンドの観客が思い余ってインプレーのボールを選手より先に捕ってしまうことはある。だが、あのように選手が捕球した後のボールを力尽くで奪い取るなどというのは、日本人のメンタリティとしてあり得ない。私はあれを見たときに、大統領選はこの男が勝つかもしれない──そう思ったのだ。
ワールドシリーズのチケットは最低でも日本円で17万円もしたらしい。日米の購買力平価で換算しても10万円を軽く超えただろう。いくら野球好きでも、おいそれと買えるチケットでなかったのは間違いない。
つまり何を言いたいのかというと、あのヤンキースファンはおそらく中間層よりは上なのだろうということだ。決してアメリカ社会の最下層に位置して、教育を満足に受けていないような人間ではないのだろう。
にもかかわらず、あのような行為をして悪びれることもない。力で何でもできる──あのヤンキースファンとこの男のやり方が私には重なって見えたのだ。たまたまそんな人間のところにボールが行ったのではないはずだ。そんな確率は低すぎる。
本書はこの男が前回大統領に就任した直後のルポだから、「ニューヨークではわからない。アパラチア山脈を越えなければ…」と、いわゆるラストベルトの特異性を強調する。しかし、あの蛮行を見る限り今日では既にヤンキーススタジアムのあるニューヨーク、ひいてはアメリカ社会の大半がトランプ的になっている証左のように思え、嫌な予感がしたのだった。
結果、その予感は的中してしまった。今後4年間、この男の品のない子供じみたふるまいに世界は振り回されるのに違いない──、やれやれである。
強いてこれで良かったと思えることを言えば、今回この男が負けた場合は(さすがにもう4年後は出ないだろうが)、トランプ的な人間がうじゃうじゃと続出することが予想された。
しかし、これからの4年間で彼のスタイル──力で何でもできる──では駄目なのだということがはっきりすれば、その懸念はなくなるということだろう。そう思うことにしよう。