plus 1 spoon
家族がみんなで紅茶を飲むとき入れる係になったのはいつ頃からだったろうか。
最初はティーバッグだったはずなのに、いつの間にか「カップやティーポットは温めておく」「沸騰したお湯を使う」「牛乳は温めない」なんてことを覚えて得意げに披露しているうちに、だったろうか。
その覚えた中の一つが、「ポットにプラス1スプーン」というものだった。
家族の名前を小さく唱えながら茶葉をティーポットに入れ、最後に「ポットにもう1スプーン」とおまじないのように唱えてさらに入れる。
皆が揃っていただきもののクッキーなど食べるとき・・・誕生日のケーキを食べるとき・・・笑顔の中で紅茶を入れて湯気の立つティーカップをテーブルに持っていくのだった、ちょっと誇らしい顔をして。
香って、味わって、褒めてくれて、お菓子を口に入れて、笑って、しゃべって、夜は過ぎてゆく。
みんな遠く離れてしまった今、夜遅く仕事を終えて駅のホームに一人で降り立つ。
疲れているけど少し遠回りをして、隣のホームの自動販売機で温かいミルクティーを買う。
そこにはお菓子も笑顔もおしゃべりも無い。
けれども。
あのとき私が入れていた1スプーンはただの茶葉ではなかった。
おいしいと喜ぶ皆を喜ばせよう、笑顔にさせよう、働いていた父の疲れをいやそう、いつも忙しそうな母親をくつろがせよう、いろんなものが「ポットにもう1スプーン」だったのだ。
たぶんこのミルクティーも、作った人の誰かが誰かに思いを込めて、「もう1スプーン」加えて作ったのだろう。
温かみと甘みと香りと渋みと「もう1スプーン」が私に何かを吹き込む。
そして私は駅の改札口を抜けて、冷たい夜風の帰途につけるのだ。