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〈認識の虫〉と〈飲食の虫〉

(Xより自主転載)

 今朝はやけに頭、特に眉骨の辺りが痛かった。
 僕と直接対面した人なら分かるだろうが、僕の下顎は上顎よりも前に出ている(所謂受け口)。眉骨と下顎が同時に軋む時、僕は「顔の内側」が「顔の外側」に飲み込まれてしまうのではないかと恐れる。この恐怖は受け口に関する美容的な苦悩を遥かにに上回る。

「顔の外側」が「顔の内側」を今まさに飲み込もうとしている様を描いた図。鉛筆画をデジタルペイントで着色。

 高校時代より、僕は人類という種族の形成について妄想的仮説を抱えている。人類という高等生物は、より下等な二種類の生物の癒着から生じたのではないか。その二種類の生物を仮に〈認識の虫〉、〈飲食の虫〉と呼び表そう。現生人類の神経系は〈認識の虫〉に、消化系は〈飲食の虫〉にそれぞれ由来する。

〈認識の虫〉の復元図。鉛筆画。
〈飲食の虫〉の復元図。鉛筆画。

 どちらも〈虫〉とは呼ばれているものの、その生態は人類どころか昆虫ほどにも動的ではなかった。むしろ彼らはその身体を海底の岩場に固定させ、来る日も来る日もそれぞれの本業(〈認識の虫〉なら認識、〈飲食の虫〉なら飲食)を繰り返していたのだ。
 〈飲食の虫〉が〈認識の虫〉を飲み込むに至ったのも彼の意志によるものではなかった。むしろ〈認識の虫〉が急激な海流に巻き込まれた結果、偶然にも〈飲食の虫〉の口腔に放り込まれてしまったのだ。
 本来ならそこで〈認識の虫〉は消化され尽くしてしまうはずだった。しかしそこで驚くべきことが起こった。〈認識の虫〉は〈飲食の虫〉に飲み込まれつつも、自身の枝葉の神経を〈飲食の虫〉の体内に食い込ませることにより、〈飲食の虫〉を内部から侵食することに成功したのだ。
 しかしそれでも〈認識の虫〉が〈飲食の虫〉の消化管内にいることに変わりはない。〈飲食の虫〉の食欲を次々に満たさなければ、いずれ〈飲食の虫〉は〈認識の虫〉を消化するだろう。そうした状況に陥った結果、〈認識の虫〉は自らの知性を〈飲食の虫〉の食欲のために用いるようになった。そして〈認識の虫〉は〈飲食の虫〉の身体を内部から押し広げ、岩場に身体を固定するためのものに過ぎなかった爪を移動のための四肢へと変化させた。〈認識の虫〉と〈飲食の虫〉の相互依存の結果、人類という種族は誕生したのである。
 なお、現生人類の眉骨は〈飲食の虫〉の上顎の名残である。このことは化石人類の眉骨が現生人類のそれよりも巨大であることから傍証される。

……さて、僕の顔の外側と内側に話を戻そう。一般に、多くの人間の上顎の前歯は下顎の前歯よりも外側に出ている。先ほど僕が述べた人類癒着起源説によると、上顎の前歯には〈認識の虫〉が〈飲食の虫〉に消化されてしまわないためのストッパーという役割がある。しかし僕は受け口だ。ストッパーが壊れているのだ。それゆえ僕は〈認識の虫〉を守るため、〈飲食の虫〉の食欲に奉仕し続けなければならない。ああ、腹が減ってきた。

「飲食の虫」が「認識の虫」を今まさに飲み込もうとしている様を描いた図。鉛筆画をデジタルペイントで合成・着色。

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