共同精神の咆哮 リアノン・ギデンズについて
近年、「アメリカーナ」という音楽ジャンルが注目を集めている。
もともとアメリカにはカントリーやブルースといった伝統音楽があった。そしてカントリーは白人的、ブルースは黒人的だと長いあいだ考えられてきた。こうした音楽ジャンルの人種的区分はたびたび政治的意味を帯びた。カントリー=南部の白人男性=保守的な共和党支持者、というステレオタイプは今でも根強い。
アメリカーナはカントリーから派生したジャンルだ。しかしアメリカーナのミュージシャンたちはそれに留まらず、積極的にカントリーと他ジャンルとを掛け合わせていった。ブルース、フォーク、ブルーグラス、R&B、ジャズ、ロックンロール、ゴスペル。それらすべての要素を含みながらそのどれでもない、しかし確実に「アメリカ的」な音楽。そのような多元的ジャンルとしてアメリカーナは誕生し、急成長を遂げた。
従来のカントリーが白人高齢層の音楽だと考えられていたのに対し、アメリカーナは若者の間で流行した。さらにアメリカーナは政治・人種の壁をもぶち破った。アメリカーナのミュージシャンたちはルーツ音楽を研究する中で、現在「白人音楽」だと考えられているカントリーが黒人音楽からの強い影響のもとで成り立っていることに気付いたのだ。白人音楽と黒人音楽は、歴史の奥底で「アメリカ的」な土壌を共有していたのである。
アメリカ音楽史の再解釈という知的作業とポップカルチャーとしての力強さを両立させている、今もっとも熱い音楽・アメリカーナ。僕はこの潮流を象徴する歌手としてリアノン・ギデンズ(Rhiannon Giddens)の名前を挙げたい。
リアノン・ギデンズは白人の父と黒人の母の間に生まれた。カロライナ・チョコレート・ドロップス(Carolina Chocolate Drops)のメンバーとして、またソロの歌手としてアメリカの伝統音楽に新たな息吹を注ぎ込んでいる。
彼女の力強い歌声に酔いしれているうちに、僕は「これはアメリカが一つの民族になろうとしていることの表れではないか?」という印象を抱いた。現実のアメリカはいま政治的分断によって完膚なきまでに引き裂かれているが、文化概念としてのアメリカは今まさに一つの有機体となることを欲しているのではないか。
民族とは一つの歴史を共有した集団のことである。そのような意味で今までのアメリカは常に「多民族国家」だった。白人は自らの「歴史」に黒人や先住民を登場させなかった。白人の中にも民族的な差異はあった(イタリア系、アイルランド系、ユダヤ系など)。それぞれの集団はそれぞれの歴史からアメリカという国を解釈した。保守的なアメリカ、革新的なアメリカ、肯定されるべきアメリカ、否定されるべきアメリカ。さまざまな観念としての「アメリカ」がそのとき生まれた。しかし、一つの共同精神としてのアメリカを生み出すことはどの集団にも出来なかった。
しかし今、アメリカーナのアーティストたちは全てのアメリカ人に原風景を感じさせるような音楽を紡いでいる。すべてのアメリカ人の故郷としての「アメリカ」が、少なくとも音楽の上では誕生したのだ。うまくいけば、ここから「アメリカ民族」という概念が生まれるかもしれない。そう僕は感じた。
もちろん道程は単純ではない。アメリカ人が一つの民族となるためには、彼らが現在まで抱えてきたすべての抑圧を総括・清算しなければならないのだ。リアノン・ギデンズは2017年、奴隷制以来の黒人差別の歴史を振り返る社会的アルバム『Freedom Highway』をリリースした。ここからは明らかに前年誕生したトランプ政権への批判が汲み取れる。と同時に、彼女の歌声からは「問題を徹底的に追及しなければ真の意味でアメリカ人が共に歩むことは出来ない」という力強い信念が滲み出ている。
これ以上僕が喋る必要はないだろう。読者諸氏には、彼女のTEDでの演奏を聴いていただきたい。日本語字幕も付いている。彼女の肉声を聴けば、あなたにも「共同精神としてのアメリカ」が実感できるだろう。
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