ゴシックかロマンチックか
序論
約半世紀の歴史を持つ「ゴス」という文化について僕は何かを書きたいと思っているのだけれど、そもそも僕はゴスについて何かを語れるような立場にあるのだろうか? 僕は今までの人生の中で何度も美意識を変えてきたが、ゴスという文化の中を生きた、と言える時期は一度もない。第一、ゴス系の服を着ても似合わないのだ。スージー・アンド・ザ・バンシーズやコクトー・ツインズといったゴスロックのサウンドは大好きだけど、「ゴス」と形容される音楽の系譜を原点から現代まで丹念に追ったことがあるとも言い張れはしない。要するに僕は、ゴスについて何かを語るにはあまりにも無知なのである。
それでも僕は、なおもゴスについて何かを語りたいと願っている。今までゴスの中を意識的に生きたことが一度もなかったにもかかわらず、やはり僕は潜在的にゴスを求め続けていたのではないか、とも感じるからだ。5年前から僕の小説を読んでくださっていた方々なら知っているだろうけど、その頃の僕は今と違ってフィクション性の高い怪奇小説を好んで書き連ねていた。今でこそリアリストのふりをしているけれど、元々僕は「ゴシック」を書きたいと思っていたのではないか? リアリズムよりもゴシック趣味の方がよほど自分の根幹を成している、そんな気が最近の僕にはしてきたのだ。そう考えると僕が好きな作家にも、ホフマン、ポー、ブロンテ等々「ゴシック」的な人物が多い。
本論
a ゴシックの起源
序論で僕は特に説明することなく「ゴス」と「ゴシック」を類語として扱った。しかしこの二つの概念には似て非なるところがある。「ゴス」が1970年代以来パンクの支流として発展してきた現代的なサブカルチャーを指すのに対し、「ゴシック」はその源流となった18世紀以後の文学潮流、さらにはその原型となった中世後期の建築様式を指しているのだ。
古代ローマ帝国の崩壊によってギリシア=ローマ的な建築様式が衰退したあと、中世ヨーロッパではロマネスク様式(10世紀以後)やゴシック様式(12世紀以後)といった独自の建築様式が勃興した。しかしルネサンス期(14世紀以後)になるとそうした中世建築はギリシア=ローマ時代からの堕落と見なされるようになった。そうした中世建築を「ゴシック(ゴート的)」と呼ぶ習慣もルネサンス期に始まるものである。ルネサンス期の文人たちは、ギリシア=ローマ建築を堕落させた〝野蛮な〟中世建築を古代ローマ帝国の崩壊の一因となった〝蛮族〟ゴート人になぞらえたのである。
こうして当初は否定のための言葉として生み出された「ゴシック」は、近代以後、中世にノスタルジーを抱く芸術家にとっての合い言葉へと変化していった。建築の世界においてはゴシック・リバイバルが起き、文学の世界においてもそういったゴシック様式の邸宅を舞台とするゴシック小説(ゴシック・ロマンス)が花開いたのである。そして20世紀以後の「ゴス」文化は、こうしたゴシック小説の美意識から強い影響を受けている。
例1:ゴシック様式を代表する建築、ケルン大聖堂の図。糸杉のように建ち並ぶ尖塔が特徴的。(Wikipedia Commonsより、パブリックドメイン)
例2:ゴスロックの第一世代であるバンド、スージー・アンド・ザ・バンシーズの名曲「イスラエル」。歌詞・曲調・ビジュアルどれも陰鬱で耽美的なゴスの美意識を反映している。
b ロマンチックの起源
その歴史においても本質においても、「ゴシック」という美意識と「ロマン主義」という美意識には重なる部分が多い。ゴシック小説と同様、ロマン主義という美意識もまた近代への反発と中世へのノスタルジーによって生まれた。また、生よりも死を、光よりも闇を、合理よりも非合理を愛する傾向にあるという点でも、ゴシック小説とロマン主義は似通っている。そもそも僕が序論で名前を挙げたホフマン、ポー、ブロンテの三人はみなロマン主義的でもあったじゃないか。このように、「ゴシック」であることと「ロマンチック」であることは互いに分かちがたく結びついている。しかし、それでも、僕は本稿において「ゴシック」と「ロマンチック」を対立させたいと考えている。僕はかねてからロマン主義という美意識に警戒心を持ち続けている。そのため僕は、ゴシックであることとロマンチックであることの縁を切らなければ心からゴシックに向かってはいけないのだ。
ゴシックという概念に対して行なったように、ロマンチック(=ロマン主義的)という概念に対しても語源学的な考察を行なっていこう。
ゴシックが「ゴート的」を意味しているように、ロマンチックは「ロマンス的」を意味している。元々「ロマンス」という言葉はラテン語の方言としてのロマンス諸語(イタリア語、フランス語、スペイン語など)を意味していた。その後「ロマンス」という言葉は、ロマンス語圏にて中世に流行した騎士や恋愛についての物語を意味するようになった。そして最後に、「物語としてのロマンスが持っていたような空想や情緒を復興させていこう」と志した近代の芸術家たちが、美意識としての「ロマン主義」を作り上げていったのである。
例3:物語としての「ロマンス」の一種である『トリスタンとイゾルデ』の一場面を描いた絵画。(Wikimedia Commonsより、パブリックドメイン)
例4:前述した中世のロマンスを基にワーグナーが作曲した楽劇『トリスタンとイゾルテ』より、ロマン主義音楽の傑作「愛の死」。
ゴシックという美意識とゴート人の結びつきも、ロマンチックという美意識とローマ人の結びつきも、それぞれ歴史的経緯に基づく偶然的なものでしかない。むしろそれぞれの名に反し、中世のゴシック建築はロマンス語圏であるフランス人の元で、近代のロマン主義はゲルマン語圏であるドイツ人の元で、それぞれ発展を極めたのである。しかしそれでも僕は、ゴシックであることとロマンチックであることの間にはゴート人とローマ人の差に等しい溝が広がっているのではないか、という類推につい引き寄せられてしまう。ゴシックという美意識もロマンチックという美意識も、共にギリシア=ローマ的な古典主義(クラシック)という美意識への反発として生じた。しかし、ゴシックという美意識が地中海文明の外部から古典主義へ反発しているのに対し、ロマンチックという美意識は地中海文明の内部から古典主義へ反発しているように僕には感じられるのである。
古代のゴート人。中世のゴシック建築。近代のゴシック小説。そして現代のゴス文化。これらの潮流はそれぞれ「Goth」という名前を受け継いでいるだけで、内容的には何の関連も持っていないように見える。しかし、あえてこうした多種多様のGothから共通する要素を取り出すとどうなるだろうか。僕は、「装飾性」こそがGothの本質なのではないか、と考えている。中世ゴシック建築はその過剰な装飾によってギリシア=ローマ的な古典主義から逸脱したのであり、そうした「過剰な装飾による逸脱」は現代のゴス文化の特徴であるとも言えるのである。一方ロマン主義は、ときたま過剰な装飾を有することがあったとしても、決してそうした装飾性を自らの本質に加え入れることはない。
僕はロマン主義の起源を古代の新プラトン主義に見ている。新プラトン主義者が世界を一者からの流出として説明し一者への回帰を説いたように、シェリングのようなロマン主義的哲学者もまた自然と精神の合一を熱狂的に説いた。新プラトン主義を起源としているかぎりにおいて、ロマンチックという美意識は根本的に一元論と結びついている。そして、新プラトン主義を起源としているかぎりにおいて、ロマンチックという美意識は根本において地中海文明の内部にとどまっている。
一方、装飾性を自らの本質としているかぎりにおいて、ゴシックという美意識は根本的に多元論と結びついている。「回帰」や「合一」といったロマン主義的理想が成就した時、装飾はもはや装飾ではなくなってしまうだろう。ゴシックの徒はそのような黙示録的解決を求めない。ゴシックという美意識は神秘主義を必要としないのだ。たしかにゴシックの徒は現世に対して悲観的である。しかしロマンチックの徒と違い、ゴシックの徒はそうした「現世への悲観」を「来世への楽観」に結びつけようとしない。いくらゴシックの徒が十字架や教会建築といったモチーフを愛好していたとしても、そうしたモチーフが配置されている地平そのものにおいて彼らはキリスト教からも地中海文明からも自立しているのである。
結論
どうやら僕は駆け足で物事を語りすぎたようだ。ゴシックとは何か、ロマンチックとは何か、こうした問いはそもそも僕の手に負えるテーマではない。それにもかかわらずなぜ僕はゴシックとロマンチックを対立させるという大それた取り組みに挑戦したのか。これは本論を書き終えてから思ったことなのだけれど、ひょっとしたら僕は「本当にキリスト教から自立するには、世俗主義や異教主義を気取るよりも『軽率に十字架を身にまとう』方が手っ取り早い」といったことを書きたかったのかもしれない。
最後に、今僕がハマっているアーティストを紹介したい。
デッド・カン・ダンスというオーストラリア出身の音楽グループが存在する。当初はコクトー・ツインズと同じ4ADというレーベルに所属、音楽性も今よりずっと分かりやすくゴス的だった。しかしその後段々とワールドミュージックへ傾斜、解散と再結成を経た今では「ゴスらしいゴス」とは言えない作風となっている。
しかし、それでも、やはり僕はデッド・カン・ダンスの音楽を(初期のものも現在のものも)非常にゴシックだと感じる。いわゆる「ゴスらしいゴス」を構成している装飾はそのほとんどが西洋の内部に由来している。しかし、西洋の外部からモチーフを取り込んだゴスがあってもいいじゃないか。ゴス(Goth)とはそもそも西洋の内部なのか外部なのか分からない、とてもいかがわしい概念なのだ。デッド・カン・ダンスは西洋の内部に由来するモチーフと外部に由来するモチーフを混ぜ合わせ、軽率に、無節操に身にまとっている。そうした彼らの美意識を僕はとてもゴシックだと感じるし、本当に愛している。
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