『ひだまりが聴こえる』11話(日本/テレビドラマ/2024)
中学卒業時に患った突発性難聴のせいで人と距離を置いて付き合うようになった杉原航平役を中沢元紀、航平と偶然に大学のキャンパス内で出会い、授業補佐のためのノートテイクを引き受けて仲良くなる佐川太一役に小林虎之介。
<あらすじ>
太一は大学を辞めることを決め、ヤスとヨコにそのことを伝える。急な決断に太一を心配し、寂しがる二人だったが、太一の考えを聞いてまずはその決断を受け入れる。
太一は二人には話したものの、肝心の航平にはまだ退学を伝えられていなかった。
キャンパスで航平に偶然会えた太一は、今日の夜話したいことがあると航平に伝え、会う約束をする。
マヤは街で偶然高校時代の同級生に出くわす。その同級生はマヤが難聴である事は知っていたが、それほど深刻には受け止めていなかった。
マヤは、耳が聞こえにくい事を知られる事を恐れて自分の病状を正確に周囲に伝えられず、実情を知らない周囲に合わせるために人一倍の努力を強いられてきた過去を思い出した。聞こえない事で取り残されてしまわないように必死に勉学に励み、手話教室に参加したこともあった。いつも努力しているのに、どこに行っても、もっと頑張る事を期待された。
マヤが耳が聞こえにくいと知った旧友の連れが少し大きな声でマヤに話しかけていると、そこに太一が止めに入った。マヤが絡まれていると勘違いしたのだった。
旧友たちが去り二人きりになった後、太一はマヤに ”実際は周囲が思っているよりももっと聞こえてないのではないか” と尋ねた。それは事実であったが、”聞こえない事を正確に周りに伝えて何になるのか。何も変わらない。自分がもっともっと頑張ればいいのだろう” と怒りをあらわにして泣きじゃくる。困っているマヤだけが頑張るなんておかしい、今まで頑張ってきただろう、と太一は言ったが、マヤは泣きながらその場を去った。
約束通り、アルバイト後に太一は航平と外で落ち合った。
夕暮れ、遊歩道脇の石段に腰掛けて、二人は静かに話をした。
マヤとの一件を太一が話すと、マヤは太一のことを悪く思ってはいないだろうと航平は答えた。そして、他の誰も気付いてくれない些細なことにも気付いてくれる太一はすごいよ、と優しい眼差しで言った。
航平は太一が大学を辞める決断をした事を知り、航平は太一の決断を受け入れ、「今までノートテイクしてくれてありがとう」と伝え、自分も大学で頑張るから太一も新しい場所で頑張ってほしいと笑顔で優しく伝える。
お互いの今後について話を終え、もう帰ろうと立ち上がった太一。別れがたい航平は太一の手首を掴んで引き寄せ、太一を力強く抱きしめた。そして、愛おしそうにそっと髪にふれた。抱きしめられた太一は何も言えず、航平の肩越しにただ涙を堪えていた。
太一の最後のノートテイクの日、航平は太一の一番の好物のハンバーグのお弁当を作った。教室で隣に座る太一を見つめながら、ノートテイクを通じての太一と過ごした日々を思い返す航平。
授業後いつもの場所でふたりお弁当を広げた。以前と変わらず大喜びでお弁当をおいしそうに食べる太一の様子に、航平の顔は自然とほころんだ。
帰り道、「じゃあ元気でな・・・」「うん、太一も」と、何気ない会話で二人は別れた。
太一が振り向くと、歩道橋の上で航平がこちらを見下ろしていた。
そして、以前自分に教えてくれた手話の指文字で「た・い・ち」と表した航平だったが、その後に航平が続けた手話の意味は、その時の太一には、わからなかった。
<感想>
「ちゃんと二人がお別れできてよかった。」
これが11話を見た後の感想だった。
二人が離れ離れになるのは嫌だ嫌だと何度も書いてきたけれど、11話を見たらなんとなく気持ちがスッキリしたのには自分で驚いた。
ノートテイクの日々は永遠には続かない。源治じいちゃんの言う通り、おなじ場所にずっと一緒になんかいられない。
二人は自分たちのことを見つめ、感情に流されずそれぞれに道を選択し、相手の選択を尊重し、お互い前に進むことを選んだ。今までの感謝を伝え、別の道を歩くお互いにエールを送り、航平は辛い別れに泣きながら最後のお弁当を作り、最後のノートテイクの後いつものように二人でお弁当を食べて仲良く過ごし、帰り道で短い別れの言葉を掛け合って、別れた。
太一はどんな仕事をするのかを航平に伝えそびれたし、航平の最後の手話の意味は太一には届かなかった。それぞれが明らかになっていたら、また展開はちがったのかもしれない。それでも、すれ違ったままでなんとなく会わなくなるようなことがなくて本当によかった。二人の人生はまだ続く。過去に思いを残さないために、お別れするべき時に、逃げずに相手と向き合って対話をしてきちんとお別れしたのを見て、気持ちがスッキリした。
いい別れだった。
素敵だった石段のシーン
二人が最後にしっかり言葉を交わすことができた、とてもいいシーンだった。
誰も気づかないような些細なことに気づいてくれた太一に救われたこと。誰かにわかってほしいのではなく、この人ならわかってくれると信じたかった自分の気持ちに、太一の存在のおかげで気づけたこと。航平はそのことを、ノートテイクへの感謝と共に太一にしっかり伝えた。別れを決めたけれど、穏やかに気持ちが通じ合った素敵なシーン。
そして、やはりよかったのは続きの航平が太一を抱きしめたシーン。
二人の今後について話を終え、もう帰ろうと太一が立ち上がると、別れがたい航平は太一の手首をつかんで引き寄せ、力強く抱きしめた。そして、愛おしそうに太一の髪に触れた。石段を一段上がった太一がちょうど航平とお同じくらいの背丈になって、抱きしめられて涙を堪える太一の顔が航平の肩越しに映し出されて、夕闇がせまる中のとても切ない素敵なシーンだった。
「太一、心臓バクバクしすぎ・・・」
と航平が言うと、我に返った太一は航平を軽く突き放した。この照れて突き放す感じが、太一らしくてよかった。
「はぁ?」
「ただのハグだって。そんなにビビらなくても・・・」
「別にビビってねえし!」
「太一はほんとわかりやすいよね」
「からかってんじゃねーよ!」
「ごめんって・・・」
二人はいつもと変わらぬ雰囲気のお喋りをしながら、帰路についた。
あれは"ただのハグ" ではなかったし、抱きしめられて泣いていた太一の気持ちがなんなのかは、私にははっきりとはわからない。そして、そういう感じのふたりの関係性が、とても好きだ。
太一の気持ち
11話まで見て、私は太一の気持ちはなんなのかはっきりとはわかっていない。航平は明らかに友情以上の気持ちを持っていて、彼自身それを自覚している。でも、太一の方は、自分の彼への好意が何なのか、答えを出せずに、出さずにきた感じがする。
今まで何度か航平が友情以上の好意を表す積極的な態度を見せる度に、太一は戸惑って、どこか怖がっているような感じさえした。今回の石段のシーンは、太一の気持ちの不安定さをとてもよく表していた気がする。
5話の階段での告白の後も、太一はやはり航平と一緒にいる選択をしたが、その告白に関してはずっと封印しているような印象を受けた。二人ともお互いにそのことには触れずに(航平は太一が嫌がりそうだから口にしなかったのだろう)、今まで通りに過ごすことを心がけているように見え、だから航平は自分の片思いだと思って今まで過ごしてきたのだろう。
太一が怖がっていたのは、時々積極的に好意を表してくる航平ではなくて、航平と同じような感情を自分も抱くことで今まで育んできた”友情”が変質してしまうことだったのかもしれない。今までのように毎日会って、教室やランチタイムで楽しく一緒に過ごすことができるなら、居心地のいい関係を変質させる必要はなく、あえてはっきりさせないということも選択肢だったのかもしれない。でも、太一が大学を去ることで、その日常は失われた。
離れ離れになることを選び、新しい世界に踏み出したことで、太一はやっと、航平の気持ちを踏まえた二人の関係を考える機会を得られたのだと思う。
残すところ最終12話のみ。終わってしまうは本当に残念だが、二人の”友情”がどういう形になるのか、前向きな気分で見届けられる気がしている。