『スメルズ ライク グリーン スピリット』(日本/テレビドラマ/2024)
これはとても面白かった。
BLドラマではなかった。青春ドラマ、かなぁ。いずれにしても、見る前に思っていたのとかなり違う展開だった。面白かったし、主人公たちは高校生だが、大人の私が見ていても考えさせられる、というよりいろいろ感じさせられる、世の中の様々なものが詰まった中身のあるドラマだった。
三島フトシ(荒木飛羽)と桐野マコト(曽野舜太)は二人とも男性を好きな男子高校生。
物語の初めでは、フトシは桐野、夢野を含むクラスの男子グループから、”女みたいで気持ち悪い”というような理由でひどいいじめを受けていた。それがある出来事がきっかけで、フトシと桐野はお互いに”共通点”を見出し、仲良くなる。学校の屋上で二人きりで気兼ねなく語り合う時だけは "本当の自分"
でいられた。
フトシは女装が好きで普段の髪型も女子風で恋愛の対象は男性だけれど、女性になりたいわけではない。自分も男性のままで、男性を好きなタイプ。かたや桐野は、普段は男子として振る舞っているが、フトシと二人だけの時は言葉遣いも態度も女性のそれで、一人称は「あたし」。できるなら女になりたいと思っている。
何話かで”雑に括られるけど、こっちもそれぞれ違う”という意味のことを桐野が語っていた。ドラマを見ていると確かに二人は違うということが自然とわかった。以前タイドラマ 『I Told Sunset About You』『I Promised You The Moon』を見ていてジェンダーの違いを実感したと書いたが、日本の(BL)ドラマを見ていてジェンダーの多様性を感じることはあまりなかったので、印象的だった。
二人ともそれぞれ事情は違うが母親との強いつながりの中で暮らし、親思い。ショックを受けるであろう母親のことを考えると、”本当の自分”を公にして生きていくわけにはいかないと覚悟している。しかしまた同時に、いつか"本当の自分"として生きていきたいと願わずにはいられない二人。
桐野には、フトシが辛い目に合うとそっと寄り添って肩を抱いて慰めてやる優しさがあった。同じような立場にいるからこそ、二人は共感できた。フトシが柳田に暴行を加えられたと知った後、桐野は「怖かったね・・・」と優しく言ってそっと抱きしめてやった。誰かが怖い目にあった時、その恐怖に共感して同じ側に立ってまずはその心の傷を受け止めてやることの大切さを、寄り添う二人を見て感じた。
桐野と一緒のグループで以前フトシをいじめていた夢野太郎(藤本洸大)は、実はフトシのことが好きな、普通にその辺にいそうで、元気で、どこか憎めない高校生男子。
この田舎の高校に赴任してきた不気味な若い男性教師柳田とフトシの間におきた事件をきっかけに、夢野は自分の好意をフトシ本人に伝えるが、これがまたとても悩ましい展開だった。恋に恋する高校生。恋の相手は、現実の人の姿を借りて頭の中で自分の都合よく美化した想像上の生き物。こういうことってよくあるだろう。現実を目の前にして戸惑うこの夢野のエピソードもよかった。
そして、辛い経験をして抑え込んできた感情が爆発して卑劣な行為に走ってしまった若い男性教師柳田(阿部顕嵐)の存在も、ドラマでは短いながら強烈だった。彼のしたことを思えば柳田には全くもってなんの同情もない。自分の置かれた状況が気に入らないなら、自分を受け入れずに蔑んだ母親と対決すればいいのだ。弱い立場の生徒に牙を向くなんて、卑怯にも程がある。
ただ、それとは別に、彼が置かれてきた状況や周囲から受けてきた対応は、きっと現実でも珍しくはないだろうと思う。犯罪でもないのに、非難され、拒絶され、嘲笑され、隠し通さなくてはならないという辛い現実は、桐野やフトシ、そしてもしかしたら夢野にとっても、他人事ではなかったはずだ。
ドラマの終盤で行き場をなくした柳田がチラッと出てきたが、彼がその後どうなっていくのかは気になる。柳田はフトシに暴行を加えた時「俺を受け入れてくれ」と言っていた。私はあの言葉を、自分の存在を否定しないでくれという意味だと感じた。
その気持ちは、きっとフトシ、桐野、夢野にも共通するものだっただろう。その後3人はそれぞれのやり方で大切なひとに自分のことを受け入れてもらった。その後の彼らの選択は様々だったが、一番大切な人たちは、とにかく彼らの話を聞き、共に考え、それぞれの人なりに受け入れてくれた。
柳田もいつか、たった一人でもそういう存在に出会えたら、居場所を見つけられたら、前を向いて生きられるのかもしれない。
最終話で、フトシと桐野は自分たちらしく生きられる”桃源郷”を目指して自転車で旅に出るが、現実の一大事に見舞われて、帰宅を決断する。
二人がそれぞれの自宅に向かう別れ道に差し掛かり、一人一人別の道に進み、振り返って遠くからお互いに「頑張れ!」と大きな声を掛け合って別れたシーンは、別々の人生の選択を決めた二人が互いに励まし合う最後の姿で、清々しさと辛さと悲しみが入り混じるとてもよいシーンだった。
そして、恋に恋していた夢野太郎の選択もまた私には意外でとても印象的だった。
桐野は自分の欲求や希望よりも、母親の笑顔を選んだ。それは彼にとって決して失いたくない大切なものだった。
自分の思うこと、やりたいこと、好きなことを全てオープンにして生きることを”自分らしく生きる”というなら、桐野の選択はそうではないかもしれない。でも、彼が自分の意思でどう生きていくか考えた上で選んだ道なら、それはやはり彼らしい生き方なのだろう。彼のように、自分の欲求や希望はあったとしてもそれに終止符を打ち、決めた別の方向に進むということは、現実の世の中でもよくある。桐野の決断・選択を見たときに、そうした生き方もまた本人が覚悟を決めた上のことであれば、それは自分を欺いているのではなく、やはりその人らしい生き方をしていると言っていいのだと感じた。そして、時にはその決断や選択を後悔し、後に別の道を選ぶかもしれない。それでもいいのだと思う。
桐野、頑張れ。
高校生の一夏の青春物語を見る中で、ジェンダーの多様性、人それぞれの人生の選択の難しさ、人の気持ちの複雑さを感じさせられ、”自分らしく生きるとはなんなのか”を改めて考えたくなるような、とても面白い作品だった。