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氷菓が欲しくなる時期

 6月も半ばを迎え、ここ数日気温は上がる一方です。この週末は、ついに我が家でもエアコンを動かし始めました。こんな時期になると氷菓が欲しくなりますね。
 「氷菓」という文字を見て、皆さんは何を思い浮かべますか?冷凍庫に入った冷たくて甘いものですか?今や直木賞作家となった米澤穂信のデビュー作にして〈古典部〉シリーズの第1作、もしくはそれを原作としたアニメ『氷菓』ですか? わたし、気になります。
 
「僕が一番好きな「氷菓」は新幹線の車内販売で売っているアイスクリームだ。ドライアイスで徹底的に冷やされたアイスはとても濃厚でおいしいのだが、その冷たさと固さ故になかなかスプーンが入らず、思わず叫びたくなるほどである……」

 冗談はさておき、僕が初めて〈古典部〉シリーズの『氷菓』を知ったのはアニメからであった。全24話で『氷菓』をはじめとする〈古典部〉シリーズのいくつかを原作としてアニメ化したものであり、放送されたのは、もう10年以上も前のことである。積極的に物事に関わろうしない省エネ主義の高校生である折木奉太郎は、なりゆきで古典部に入部することになるのだが、そこで、一身上の理由で古典部に入部したという千反田えるに出会う。好奇心旺盛な千反田をはじめとする古典部のメンバーと共に、折木は日常で起こる謎を解いてゆくことになる。「氷菓」と名付けられた古典部の文集にこめられた真実は何なのか。この話は原作小説の『氷菓』、アニメでは1~5話に相当する。なお、原作は2000年、アニメでは2012年と時代設定が異なっているが、話の流れは基本的に同じである。ちなみに、アニメでは二十四節気にちなんだアイキャッチが挿入されるのだが、第1話は清明(4月5日)であり、第5話は夏至(6月21日)である。しかも〈小市民〉シリーズのアニメ化にあたって、ABEMAで無料で公開されている。まさに、今の時期に見るのにちょうどよい作品である。
 アニメの『氷菓』では、キャラクターも学校も街並みも美しい映像として表現されている。特に、ヒロインとして描かれる千反田えるの長い黒髪と吸い込まれそうな程の瞳は、今見てもとても魅力的である。たしかにこのアニメを見ると、こんな高校生活を送ってみたいと思わずにはいられないだろう。

 しかし、高校を卒業して数年後に原作小説の『氷菓』を読んだ僕は、少し違った印象を受けた。頭の中にはアニメで見た彼ら彼女らの印象は残っていた。だが、文章という形式で集中して読んでみると、話の内容は思っていたものよりもかなりシリアスで深刻なものであるように感じられた。
 主人公である折木は冒頭で薔薇色の高校生活から一歩引いた存在、むしろ灰色に近い存在として書かれている。千反田の伯父であり古典部の部長でもあった関谷純は、文化祭のための闘いに殉じて「氷菓」という名の文集に残し、神山高校を去った。この、一見すると英雄的に見える行為に隠された真実にたどりつくのが、心に「灰色」の部分があることを自覚している折木である事は示唆に富んでいる。自分が薔薇色の学園生活を送ろうとしている裏では誰かが犠牲になっているのかもしれない。彼らは声を上げているのかもしれないが、多くの人はそんなことすら気づかないか忘れてしまう。そういう人々に自分は目を向けることができていたのか。そう、問われているような気がしてならなかった。
 だからこそ、33年前の真実(アニメでは45年前の真実)という関谷の叫びに折木がたどり着き、その真相を聞いた千反田が涙を流したのも、今では納得がいくのだ。薔薇色に憧れつつも灰色の気持ちも忘れない。そんな人間になれたのだろうか。氷菓を嗜むうちに、短い夜は更けてゆく。

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