見出し画像

「脱・ダイバーシティ」で企業はこれからどうなるのか

トランプ当選以降、「脱・DEI(Diversity・Equity・Inclusion)の動きが加速している。

米国で企業の社会的責任とみられていた「DEI(多様性、公平性、包摂性)」推進の活動方針を取り下げる動きが相次いでいる。6日には米マクドナルドが多様性確保の目標を廃止すると発表した。同国では保守層からDEIに対し強い反発が起きている。トヨタ自動車日産自動車も多様性を重視する姿勢は変わらないとしつつ、米国での活動方針の一部を見直した。(略)

米国ではDEIの推進が「逆差別的」として、企業が一部の投資家や活動家から圧力を受けている。米小売り最大手ウォルマートは人種公平性に関する従業員の研修をやめ、多様性プログラムを推進する取引先への優遇措置を撤廃した。米フォード・モーターもDEIを評価する外部の企業調査への参加をやめることを表明した。

日経新聞より

このニュースをFBポストでシェアしたところ、海外在住経験の長い友人からも色々な意見が集まってすごく興味深かったので一部紹介したい。

アメリカではこの50年、社会の不平等を是正するために、社会全体で必死にアファーマティブアクションに取り組んできたようです。その70歳過ぎの方も、「自分のキャリアはDEIそのものだった。自分より優秀でないと思う人も何人も自分より先に昇進して行ったけれど、社会のためだと思ってそれをサポートしてきた」と言っていました。ただ、ここ10年ぐらいで、(共和党支持者の視点から見ると)行きすぎてしまって、逆差別に繋がるようになっていった、だから、適正なポイントに戻そうとしているのが今だ、ということでした。これについては違う見方があるのは間違いないし、アメリカにいない私はそれについて意見も持っていませんが、社会がアファーマティブアクションの出口のタイミングを探っている、というのは間違いないと思います。
(略)
ちなみに、アメリカはアファーマティブアクションの出口戦略を探っている状況ですが、カナダはまだその段階にはないと社会が認識しているようです。DEIに関してはカナダの方がアメリカより先を行っているはずですが、社会の判断が分かれるのは興味深い現象だなと思って見ています。

友人Aさん、海外育ち

マイケル・サンデル等も議論してた記憶があります。社会哲学的にはスタートの平等と結果の平等のどちらが目指す平等かという議論なんでしょうが、優遇されなかった側から見ると「行きすぎた不公平」と感じられてしまうこかなと感じました。

友人Bさん、アメリカ勤務

私が留学に行ってた2010年代には、少なくともアカデミックフィールドではアファーマティブアクションは全く本質的ではないという見解がすでに共通認識になっていました。

友人Cさん、アメリカ留学

ということで、アファーマティブ・アクション(格差や不平等是正のためにあえて優遇する措置)への違和感はかねてより表明されてきており、既に長い年月が経っている。

マイケル・サンデルの『これからの正義の話をしよう』のオリジナル『Justice』が出版されたのは2008年だが(邦訳は2011年)、その中でも既にアファーマティブ・アクションへの問題意識が激しく議論されていた。自分も当時それを読んで「理念はわかるが、逆に不公平だなぁ」と違和感を感じたのを記憶している。

それから既に15年以上経ち、今回の脱DEIは、きっかけはトランプ当選かもしれないが、長年溜まっていた違和感が表面化したと言えるかもしれないし、また、DEIが世の中に浸透した結果、社会が次のステージに進んだとも捉えられるかもしれない。

アファーマティブ・アクションは基本的には「初速を付ける」ために必要なものだと思っている。

日本においても「女性管理職〇%」などの目標は能力主義とは乖離しているし、優秀な男性社員のモチベーションを下げる効果すらあるものだと思う。一方、岩盤のように分厚い日本の男性優位社会を変えるには、それくらいの措置をしないと社会は動かないと思うので、社会変革に必要な措置として自分は解釈している。ただし、どこかで役目を終える日が来るのだろう。

これから「理念としてのDEIは継続するが、施策としてアファーマティブ・アクションは行わない」という対応が広がっていくのではないだろうか。企業は成長を追求しなければならない存在であり、企業の競争力を保つうえで必要なのはmeritocracy (能力主義)である。能力によって人を評価処遇していくというのが第一路線であろう。

一方で、ヒトは物事をシンプルに理解したい生き物である。能力主義を優先した結果、「能力の無い人は価値が無い」という短絡的な認識になってしまうと、再びマイノリティへのリスペクトを欠く社会となってしまう可能性もある。ここに世の中のリーダーの良識が問われている。

「能力主義」は、理念ではなくただの事実だ。強いものが勝つ。それは誰かがわざわざ唱えるまでもない当たり前の社会のルールである。あたりまえのルールに従っていくと社会に不都合が生じる場合に、理念が必要となる。合理性は時に凶器となりうるからだ。あたりまえの合理性に身を委ねるのではなく、同時に人間として持つべきイデオロギーもあるのではないですか。そう説くのが理念だと私は思っており、そうしたイデオロギーをしっかり持てるかどうかがリーダーに求められる知性である。

企業において、DEIの理念が今後どのように進化していくのか。「アジアの多様性」をテーマに仕事をしている自分も、このトピックは今後も注目していきたい。

いいなと思ったら応援しよう!

Jack
「この記事は役に立つ」と思って頂けたらサポートお願いします!