「社員が辞める」ことに心をえぐられる~タイ起業10年記⑧
前回、優秀なタイ人社員を採用でき活躍してくれた話を書いたが、残念ながら最終的には辞めてしまった。その時はだいぶ心が波立つ日々を過ごした。
もともと私は「人との別れ」が苦手なタイプだ。
昔から同僚の送別会では泣いてばかりいた。これまで仲間だった人と別々になることがとてもつらかったのだ。
だが、ジョブホッピング社会のタイでは、社員がいずれ辞めてしまうことは避けては通れない。今は「長くいてくれるに越したことは無いけど、5年いてくれたら成功」と割り切って考えるようにしている。
「社員が辞める」というのは、マネージャーの心がもっともえぐられる出来事ではないだろうか。
私もある部下の退職を聞かされた時、動悸が止まらず、どうしても家に帰れなかった。そして知り合いの経営者に電話して「いきなりだけど、今日なんとか飲みに行ってくれないか」と誘って話を聞いてもらった。そうしないと気持ちが収まらないくらい、大きなショックを受けてしまったのだ。
だが、あることをきっかけに「別れ」の意味を違う角度から捉えることが出来るようになった。
ある時、辞めた社員と久しぶりに会うと、新天地で実に生き生きと活躍していて、嬉しそうに報告してくれた。「今の自分があるのもJackのお陰だ」とも言ってくれた。
私はそれを聞いて「自分がタイの社会の役に立ったんだな」と誇らしい気持ちになった。離職によってこんな嬉しい気持ちにもなれるんだ、という新たな意味に気づいたのだ。
「何かが終わるとき、何かが始まる」。中国の思想家、荘子はそう言った。
離職によって、実は多くのことが始まる。
人が抜けることで次世代がしっかりすることも珍しくない。後から思えば、その人が辞めたことは良かったなと思うことは多いのではないだろうか。
本人とも、新しい関係が始まる。
嫌って縁を切ってしまえば、それで終わり。反対に、それまでの貢献に感謝して送り出し、連絡を取り続ければ、いずれ成長した本人と何か一緒にできるかもしれない。どちらが自分にとって価値があるのかは自明だ。
そんな話を昨年書いた著書の中で「別れの受け止め方」というチャプターで紹介したところ、その章がもっとも反響が大きかった。
世の中で離職に悩む人は多いんだな、というのが実感できた。
別れの意味を「自分に問いかける」ことで、捉え方が変容する。それによって感情が癒されていく、そう自分は考えている。
以下がおススメしたい問いだ。
こうした自己内省により、別れを「メタ」に捉えることが出来る。状況に埋没していると感情が揺らいでしまうが、そこから一歩高い視点に自分を引き上げるのだ。
私は今では、「離職」を聞かされた日から「新たな関係をスタートしよう」と切り替えるようにしている。ついネガティブな気持ちになりそうな気持を封印し、感謝の気持ちをもって送り出せるよう努める。そうすることで自分のメンタルも安定するし、将来的にきっと自分の人生にプラスになる。
残ったメンバーにも明るく前向きに接する。絶対に文句を言ったり愚痴を言ってはいけない。また、それを契機に思い切って役割を変更したり、「変化」を意図的に作るようにもしている。そうすることで、メンバーも別れの受け止め方が変わるのではないだろうか。
別れへの対応は、リーダーの大切な仕事。そう思って、心して対応することが大事だ。
誤解なきようにだが、なるべく長く勤めてもらえるようにエンゲージメントを高めるのはリーダーの務めだ。だが、一定確率で必ず離職は起こるのは世の常なので、その際に動揺して事態が悪化しないよう、マインドセットを整えておくことが重要だと思う。
(つづく)