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【医療マガジン】エピソード6 美香と百田の出会い(前編)

その日、いつものように直子が『しらこわ』の過去動画を観ていると、視聴者からの相談コーナーで、アシスタントの鶴ちゃんの野苺のようなおちょぼ口から、「世田谷区上野毛の美香さんからのお便りです…」と発せられたものだから、直子は目を見張った。そう。直子の娘は、結婚して上野毛に住んでいるのだ。夫の母親との同居だった。
 
同居している義理の母の認知症のことで悩んでいます。奇異な言動が増えてきて、ご近所にも迷惑が及ぶようになってしまいました。主人は仕事が忙しく、なかなか相談に乗ってくれません。私としてはもう限界で、一日も早く、病院なり施設なりに入ってほしいと思っています。こういう考え方は、家を預かっている嫁の立場としては無責任でしょうか。あるいは身勝手でしょうか。アドバイスをお願いします。
 
はじめのうちは唖然として聴いていた直子だが、鶴ちゃんが手紙を読みあげるうちに、娘が不憫で怒りにも似た涙がジト~ッと滲んできた。「離婚して、すぐこっちへ帰ってきなさい」と、パソコンに向かって叫んでいた。
 
上野毛の美香さん、ありがとうございます。
 
直子は百田の対応に注視する。
 
これはかなり深刻ですね。察するに、美香さんはとてもやさしくて情の深い方だと思います。その上、責任感が強く忍耐強い。いまどき珍しいのではないでしょうか。おそらく、キチンとしたご両親に愛情を注がれながら子ども時代をお過ごしだったのでしょう。
 
百田のコメントに大きく頷いたり、かぶりを振ったりする直子。哀しくて、でもうれしくて、もう涙が止まらない。
 
で、ご主人のほうは、おそらく気づいてはいるのでしょうが、実のお母様のことですからね、なかなか現実を受けとめられず、本能的に目を反らしてしまっている可能性がありますね。でも、たぶん美香さんは、この手紙を投函することにも相当な覚悟をなさったんじゃないかと感じます。なので、美香さんには、真っ先にこうお伝えしたい。
 
『美香さん、本当に大変でしょう。よくおひとりでがんばってこられました。そして、よくぞ相談してくださいました。義理のお母様の施設入所については、私もまったく同感です。是非、お役に立てればと思います』
 
期せずして、スタジオから拍手がこぼれ出る。直子もティッシュで顔を覆いながら、慌てて拍手の波に乗っかった。
 
ゲストコメンテイターが、自身の介護経験に基づいて、親を施設に入れることへの引け目とか、良心の呵責のような感情について言及したところで、再び百田。
 
「そういう気持ちはよぉく理解できます。でも、ここは冷静に判断しなければいけないところです。親御さんの介護問題で苦悩されている全国の娘さん・息子さんに認識してほしいことがあります。それは、現代を生きている私たちの遺伝子には、年老いた親を介護するというプログラムが書き込まれていないということです。
 
歴史上、こんなにも人が長く生きたことはなかったんですよね。だから、親の介護問題に直面した時、本能的にネガティブな感情を喚起してしまうのです。そして、実の親に対してそんな気持ちを抱いてしまう、そんな自分に困惑して立ち往生するのです。人類が経験したことのない状況ですから致し方ないことなのです。
自分を責めてはいけません。そうする必要もありません。理性的に、双方にとっての得策を選択すべきです」
 
「すっごい、よくわかります。私も、まさにそうでした…」と、介護経験コメンテイター。
 
「いいですか。ちょっと考えてみてほしいんですが。美香さんも是非、胸に手を当てて考えてみてください。いまから云十年後、美香さんご自身が介護を必要とする状態になったと仮定します。その時、美香さんは、ご自分のお子さんに介護してほしいと願うでしょうか???」
 
スタジオがシ~ンと静まり返る。
 
鶴ちゃんだったら? ちょっとまだ早いか…。コメンテイターのみなさんはどうですかねぇ。
 
「やぁ、自分の子には絶対にさせたくないですねぇ、ボクの介護なんて」と、最初のひとりが口火を切るや、みな異口同音にノーを意思表示する。当然、パソコンのこちら側の直子も、声を大にして訴えた。
 
「ありえない!私がどうにかなっても、美香! あなた、お母さんの介護なんてしちゃダメよ。すぐに施設に入れなさいよっ!」
 
 
百田が続ける。
 
そうですよね。…ということは美香さん。義理のお母様にしたって、お元気だった時には、今のブレイク前の芸人さんたちと同様、ご主人やお嫁さんに大変な思いなどさせたくないって考えていたはずでしょう?僕はそう思うんです。
 
自分のために、かわいい息子さんの大切なお嫁さんである美香さんが、こんなにも悩んで苦しんでいる姿を、元気だった頃のお義母様が望んでいたとは、私にはどうしても思えない。だから、自分を責めたり、負い目を感じたりする必要などサラサラない。むしろ、一刻も早く施設に入ってもらって、介護はプロに任せて、その代わり、たまにお見舞いに行った時には、隣でやさしく、そっと寄り添っていてあげてほしいと思います。
 
そうすることで、最終的にお互いの相手に対する記憶や感情がポジティブなものになるはずです。美香さん。いかがでしょうか。そうはお思いになりませんか?」
 
見れば、鶴ちゃんも大粒の涙を流している。直子は泣きじゃくりながら、「鶴ちゃん。あなたも親の介護とかしちゃあダメよ。自分を責めちゃあダメよ。わかった~っ」と叫んでいる。
 
「美香さん。もしよろしければ、番組終了後にでも、私のオフィスのサイトから面談の予約を入れておいてください。はじめはおひとりでもいいですし、ご主人がご一緒でも結構です。3人ともが良い方向へ向かうよう、具体的な進め方について考えていきましょう。コンタクト、お待ちしています」
(To be continued.)

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