【デキる上司の十訓十戒001】魅せ方 ~人格曼荼羅~

上に立つ者はジャッジしなければならない。例え、ある部下にとって極めて厳しいジャッジであったとしても、その部下をして「あの上司が言うのであればやむを得ない」と納得してもらえるようでなければならない。そのためにも上司が兼ね備えておきたい資格。それが人望である……。

これまで、さまざまな逸話を紹介しながら、人望を高めることの重要性をお伝えしてきたつもりです。部下に好かれ、慕われ、尊敬される。そんな人望ある上司になるためにはどうしたらいいのでしょうか。日本人のコミュニケーションの礎である日本語という言語。この言葉という最強の武器を駆使して、上司であるあなたの人望をどう高めていくか。ここからはその具体的な方法論『デキる上司の演じ方』に入っていきます。

ということで、『デキる上司の十訓十戒』(全20記事)の第一回から始めていきましょう。

一、 魅せ方 ~人格曼荼羅~

最初に、部下を魅了するために、上司であるあなたが整えておくべき人としての基盤の話からはじめます。これを整えることで、部下の目には上司であるあなたが颯爽と映るようになります。部下の視界に入るあなたは今、彼らの目にはどう映っているでしょうか。それを考えた上で、部下からどう見られたいのか。そこから逆算して、人となり、つまり、人としての基盤を整える必要があるわけです。

この記事では、禅の教えを出典とする「人格曼荼羅」で人となりを整えることをお勧めします。私の家が曹洞宗であることと、私自身が影響を受けた上司から教えていただいたこと。この二つの理由から、研修や講演では、この「人格曼荼羅」を広くご紹介しています。

私は、社会人になって2人目に出会った上司から人格曼荼羅について教えてもらいました。しかも、その上司はオーストラリア人。キリスト教文化圏の人から禅の世界について聴くとは思いもしませんでした。それより何より、当時は若くて青くて血気盛んだった私です。人格曼荼羅の話を聴いてもさっぱり理解できなかった。そんなことより、とにかく売ればいいんでしょ! という感じで右から左へと抜けていたと思います。でも、経験を積んで、齢も重ねて40歳も過ぎる頃になると、人格曼荼羅というものが心に染み入るようになってくるから不思議なものです。

曼荼羅の作り方は簡単です。まずは正方形を書いて、縦横3列に分けてみてください。小さな正方形が9つできるはずです。これが空海の真言密教でいう曼荼羅です。まず、真ん中の枠内に「精神」と書き込みます。以下、「精神」の真上から時計回りに、8つの枠内に「呼吸」「姿勢」「表情」「身繕い」「態度」「挨拶」「言葉」「所作」と書き込んでいきます。これで人格曼荼羅の完成です。

曼荼羅は中心となる正方形と、そのまわりに8つの正方形が配置されることで成り立っています。人格曼荼羅では、真ん中にある「精神」を8つの枠が取り囲んでいます、そもそも8という数字は、物質と精神の二面性の統合を意味する数字と言われています。末広がりという言葉もあるように、「栄光」を導くに値するだけの、「意志力」「組織力」「権力」といった偉大なるパワーを象徴する数字なのです。その形「∞」からも分かるように、8つの要素を盤石に整えることで、無限の精神力が培われるということです。

この人格曼荼羅が意味することは大きく2つ。ひとつは、善なる「精神」は周りにある8つと要素と密接に連動しているということ。もうひとつが、周りの8要素もそれぞれが密接に相互連動しているということです。例えば、きちんとした正しい呼吸法を身につけている人は表情も柔和だし、相手を傷つけるような言葉も吐きづらい。身なりに気を配っている人は挨拶もしっかりできている場合が多い。いつも姿勢よくきちんと挨拶のできる人はよこしまなことを考えにくい、等々。だから、人としての基盤を整えようとしたら、この人格曼荼羅に照らし合わせて自分を顧みることです。こんなことを西洋人が教えてくれたのです。

当時はちゃんちゃらおかしいと思っていた私でしたが、キャリアを積んでいくうちに、これこそが仕事をうまく回していくための真理であると思えるようになりました。ちなみに、人格曼荼羅のことを教えてくれた当時の上司は、これを「ヒューマン・ベイシック9」と呼んでいました。儒教でもこれに近いもので『九思』という概念があります。それでは、それぞれの要素について、順に解説していきましょう。

まずは「呼吸」。きちんとした呼吸というのは腹式呼吸のことを指します。腹式呼吸にはいくつかやり方がありますが、お勧めするのは丹田(下っ腹)に意識を集中させて、ゆっくりと口から吐いて鼻から吸う方法です。その時に意識してほしいことがあります。まずは吐くとき。自分の体内にある汚いもの、不要なもの、醜いもの、邪なもの、不純なもの……。そういったネガティブな要素をすべて躰の外に押し出すイメーシを持ってガーッと吐き出す。逆に吸う時は、この宇宙にある、自分にとって価値のあるものをぜーんぶ体内に吸収するんだというイメージを持って吸い込む。このイメージトレーニングをセットにして腹式呼吸をしてみてください。

続いて「姿勢」。これはもう背筋をグッと伸ばす。座っているときは、背筋をピンと伸ばして顎を引きます。人の話を聞くときは、軽く手を合わせてそのまま少し前傾姿勢を取ります。逆に、のけ反ったり、足を組んだり、腕を組んだりしてはならない。心理学の世界では、これらは話し手を萎えさせるポーズと言われているからです。誰かの話を聴くときの姿勢は、そのまま相手のパフォーマンスやモチベーションに直結します。立っているときは、肩幅よりやや広めに足を開き、顎を引いてまっすぐ前を見る。両手は自然に脇に置きます。実際に試してみると、きちんとした正しい呼吸を心がけると、自然と姿勢がよくなるから不思議です。というか、人間の躰というのはそのようにできているのです。なんとも神秘的ではありませんか。

つぎは「表情」。基本はさわやかな笑顔です。笑顔には3つの効用があります。相手の警戒心を解く。親近感をもたらす。モチベーションを喚起する。素晴らしいことです。そもそも、人間の好感度は生まれたばかりの赤ちゃんの時がマックスで、年齢を重ねるごとに落ちていくものです。それだけ人間をやっていくというのは艱難辛苦の連続なのですね。

中年男性の場合、この笑顔が苦手な人が多い。笑うという行為を、なにかチャラチャラした軽薄なものとして捉えているようなところがあります。戦後の厳しい時代を生きてきた人には特に多いように感じます。周囲を見回してみても、40半ばを過ぎると十中八九、気難しそうな顔になっていきます。これは対人関係上、損だし不利だと思います。意識的に和やかな表情を作りたいものです。

どうしても不自然な笑顔になってしまう場合には、口の両脇の筋肉を緩めて、あいうえおの「い」を発音したときのようにしてみてください。この「い」の口をしたときの表情は、周囲に安心感を与えます。あの人は話しかけやすそうなひとだという印象を醸し出します。あなたは、最近、見ず知らずの誰かから道を尋ねられた経験がありますか? あるいは、何でもいいから、初めての人から話しかけられたことがあるでしょうか。これは、あなたが好感の持てる表情をしているかどうかのバロメーターです。この1年、誰からも声をかけられたことがないという人は、いまから即、「い」の口を作るように変えるべきだと思います。

そして「身なり」。身だしなみと言ってもいいでしょう。ビジュアル的に、他者に不快感を与えるような格好や出で立ちを慎むということです。第一印象というのはとても重要です。さらに言えば、初めて名乗りあったときの印象を第一印象とするならば、名刺交換はしていないけれども同じ空間に居て視界に入っているときに感じる印象を第ゼロ印象といいます。この段階からマイナスの印象を与えてしまうと、ニュートラルに戻すまでに多大な労力とコストがかかってしまうものです。清潔感のあるスッキリしたビジュアルを心がけましょう。

「身なり」というのは、先述の「姿勢」・「表情」と合わせてビジュアルの3大要素です。他者に自分に対する好感や信頼を喚起させようと思ったら、まずは何よりもこの3つの要素に注意することです。第一印象の6割が視覚的な効果で決まります。ちなみに、声の大きさや音質。話す速度や聴きやすさ。滑舌や間の取り方……。これら聴覚効果が3割を占めています。そして、私たちがもっとも意識を払うであろう肝心の話の中身というのは、初対面で信頼を得る上で1割しか影響力を持たないということ。話し手である私たちと聞き手の間に情報格差があればあるほど、聞き手は私たちのビジュアルによって私たち全体を品定めしてしまうことが検証されているのです。この驚愕の真実を再認識すべきです。

つぎは「態度」。これは人間として生きていくうえでの基本的な態度という意味です。例えば、「人を殺めない」「人に暴力を振るわない」「人に暴言を吐かない」「人のものを盗まない」「ウソをつかない」「約束や時間を守る」「人からお金を借りない」といった、他者が嫌がることや公序良俗に反することは決してしないということです。

続いて「挨拶」。上下関係などは忘れ、自分のほうから積極的に挨拶をするように心がけましょう。管理職研修をやっていると、職場の問題点として必ず出てくるものが3つあります。「職場が暗い」・「コミュニケーションが活発でない」・「報連相が機能しない」。

自信を持って言います。悪いのは上司であるあなたです。おそらく、あなたはいつも眉間にしわを寄せて気難しそうにしているのでしょう。下から上のところに来るのが当たり前だと思って、自分からは部下に声もかけないのでしょう。部下をして報告や相談をしづらい佇まいをしているのでしょう。まずは上司のほうから変わる勇気を持つべきです。

繰り返します。デキる上司は名優たれ、です。仏頂面の上司のもとには、無愛想でむっつりの部下がはびこりやすいものです。これが罷り通ってしまうと、その悪影響は職場ムードの停滞感だけにはとどまりません。自然な挨拶や声かけがなかったり、呼ばれても返事もしなかったり、明らかに不機嫌そうに電話に出たり……。こういうネガティブな言動は、仕事自体のパフォーマンスを著しく低下させることがわかっています。

メンバー個々の胸の内がネガティブであっても、そんなことはどうでもいいのです。社会人として、職業人として、就業時間内は円滑に仕事が捗るように努めるのが筋というものです。上司が率先してそれを体現し、部下にも明朗快活な社会人を演じることを求めなければなりません。仕事に取り組むための大前提、基本の基本の基本です。

そして、「言葉」について。私たちは、日本語であれば「あ」から「ん」までの48文字を紡ぐことで、ありとあらゆる理屈や感情を話しています。これは凄いことです。あるとき、この文字たちの配列を見ていて気づきました。かつての万葉仮名(いろはにほへどちりぬるを……)も現代仮名も「愛」から始まっているということに。「いろ」というのは儚さ(はかなさ)の象徴であり、人間界でもっとも儚いものとされたのが男女間の恋情、つまり、愛だと考えていいと思います。

だとすれば、話すという行為の原点は愛。ならば、私たちが誰かに何かを話すとき、そこには愛が込められていなければならないということになります。「あなたのために善かれと思って、だから今、あえてこの話をしているんだよ」という信念のようなもの。それが聴く者のこころに届くのだと思います。

また、愛を「I」と考えれば、話すという行為は自分自身の映し鏡。そこには、私たちの生きざまや人生観のようなものが込められているということです。私たちの口から発せられる一言一句によって、相手はそれを口にした人のすべてを感知してしまうかもしれないということです。

さらに、愛を「eye」と解釈すれば、それは心眼。目には見えないものを感じ、気づき、見抜くこと。心の目で見たものを伝えることが、私たちの仕事や職場に大きな影響をもたらすものなのかもしれません。
だからこそ、他者を傷つけたり、貶めたりするような言葉は決して吐いてはなりません。上に立つ者であればなおさらのことです。

さいごは「所作」。これは日常生活のさまざまな場面でふっと出る何気ないマナーやエチケットのことです。「後から入ってくる人のためにドアを押えておく」・「座席を倒すときに後ろの人に断わる」・「席を立つときには倒した座席を元の位置に戻す」・「煙草に火をつける前に周囲の人に断わる」・「席や順番を譲る」・「公共の場で大きな声を出さない」・「相手の話を遮らない」等々。そんな謙虚で配慮のある立ち居振る舞いのことです。

これを一歩進めて、あなたの部署の行動指針を明文化するといいと思います。例えば、「やってはいけない10箇条」とか、「徹底すべき10箇条」とか。小学校の教室に貼ってあったようなものです。これがあると、上司であるあなたが部下たちに求める人材観が伝わります。こういうことをすると叱られるんだなと認識してもらうことで、ミスやトラブルの予防にもなります。問題のあった部下に話をする際に、注意を促す根拠となります。根拠があれば、指摘された部下も納得せざるを得ません。いいことだらけです。

言い換えれば、部下を叱る基準です。「部下をどうやって叱ればいいのか」悩んでいる管理職は多いのですが、いちばん手っ取り早いのは行動基準を言葉化して共有することです。「遅刻しない」「期限を守る」「嘘をつかない」「ミスを隠さない」「挨拶を徹底する」「報告を徹底する」「髪を染めない」等々。何でもいいです。思いつくことを紙に書き出してみてください。あなたが部下に徹底してほしいこと。絶対にやってほしくないこと。こういう話をすると、研修の場ではみなさん大きくうなずいてくれます。しかし、実際に実行する人は1割もいません。さて、あなたはどうしますか?

人格曼荼羅は、これら人としての基盤である8つの要素がしっかりと整っていれば、必然的に精神状態も善となり、邪なことは考えないものだということを教えてくれています。逆に、どれかひとつでも問題があったとしたら、とんでもないことを発想し、実行に移してしまいかねないと警鐘を鳴らしているのです。

モノは試しで、採用面接に臨むときのような非の打ちどころのない姿勢を取って、汚い言葉、不躾な言葉を言ってみてごらんなさい。続けて、思いっきりだらしのない姿勢で、他者を称賛したり感謝したりする言葉を言ってみましょう。満面の笑顔で辛辣な言葉を吐いてみてごらんなさい。その次に、眉間にしわを寄せて気難しそうな顔をして、ポジティブな言葉を言ってみてください。

どうですか? 

おそらく、むずかしいはずです。人格曼荼羅を構成する9つの要素は、みな密接に関連し、相互に影響をもたらしているからです。

だからこそ、人の上に立つ者はまずこの9つ、すなわち人格曼荼羅を整えるべきだと思います。これが定着することで、例え面と向かって対話をしていないときであっても、あなたの立ち居振る舞いは部下や他者の目に魅力的に映るはずです。これが、デキる上司の魅せ方に他なりません。もうおわかりでしょうが、人格曼荼羅は、私たちの心のあり方を教えてくれているわけです。

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