「信」の源泉とは ~カエサルの人望モデル~
かつて、バブルがはじける前の良き時代。当時の組織というのは軍隊さながらでした。上司の言うことには絶対服従で逆らえない時代でした。極論すれば、上司の身勝手や無理難題に耐え忍ぶ対価として給料をもらっていたようなものです。それでも、「ま、いいか」と納得してしまうレベルの報酬を手にしていたということかもしれません。
その意味で、当時の上司は、権力や金力で下を束ねることができた時代だったのです。しかし、今こんなことをしたら部下はついてきません。それどころかパワハラで糾弾されてしまいかねません。今の時代は、権力とか金力とかではなく、上に立つ者の人間的魅力とか人間力、つまり人望で部下たちの人心掌握をし、部下たちをソノ気にさせながら目標を実現していかなければならない。そんな時代に変わったのだということを認識する必要があります。現代のデキる上司は、用心棒ならぬ「要人望」なのです。
カエサルの話を思い出してください。その桁外れの人望ゆえに、奴隷たちの心まで魅了してしまったカエサルの、あの世界史上の一大名場面をもとに、
上司と部下の理想の上下関係を考えてみます。カエサルという人は、部下のみならず、奴隷をもエンターテインしていたそうです。「エンターテイン」という言葉には、たくさんの意味があります。例えば、「思いやる」・「慮る」・「もてなす」・「いたわる」・「癒す」・「励ます」・「労う」などなど。
しかし、上が下をエンターテインしただけでは「人望」は片手落ちです。わかりやすく言えば、いつも愛想が良くて飲み代も出してくれて……というだけではダメだということです。部下から上司に対する「人望」を成立させるためには、下から上へのリスペクトがなければなりません。
要は、「信なくば立たず」ということです。「信ずる者」と書いて「儲(もうけ)」と読みます。顧客の信頼を得れば、製品やサービスが売れて企業が潤います。部下の信頼を得れば、組織が活性化され、組織全体のパフォーマンスが上がり、結果として給与・賞与は上がるということです。
このように、「上から下へのエンターテイン」と「下から上へのリスペクト」が両立している上下関係のことを、「カエサルの主従モデル」と呼びたいと思います。これこそが、現代の職場における上下関係のベストプラクティスです。
余談ながら、上司が部下を「エンターテイン」する心には、ホスピタリティ(おもてなしの心)が根づいていなければなりません。これを漢字一文字で表せば『歓』となります。また、上司が部下から「リスペクト」されるためには、ブレない軸がなければなりません。これを漢字一文字で表せば『観』となります。そして、上に立つ者には、この「歓」と「観」をいかなる局面でも言行一致させることが求められます。これを漢字一文字で表せば『貫』となります。
ということで、「デキる上司は三カン王(三冠王)」と記憶していただければ幸いです(笑)。
それでは、部下からの信を得るためにはどうすればいいのでしょうか。それは、何があっても揺るがない哲学や思想を持って、折に触れ、それを言葉にして伝えることです。自分はこの仕事を通じて何を実現したいのか。世の中や社会や顧客の何に貢献したいのか。仕事においてもっとも大切にしていることは何なのか。自分のチームに集ったメンバーにはどのような行動基準を求めたいのか。それはなぜなのか、等々。こうした暗黙知(マニュアル化できない価値観のようなもの)を伝えるということになります。逆に言うと、いい年をしてこうした哲学とか思想とかがない上司というのは、人としての厚みや深みがありません。
かつてのセブン&アイホールディングスの名誉会長の鈴木敏文氏。彼によれば、暗黙知とは、マニュアルにして配れば10人中7~8人が理解共有できるような形式知とちがって、そもそもマニュアル化できない価値観のようなものです。鈴木氏は何十年もの長きにわたり、全国から1500人ものOC(オペレーティングコンサルタント:担当エリアのセブンイレブン店舗の業績向上をサポートする専門職)を週に一度、2億円以上のコストかけて出張させ、面と向かって、自分の言葉で「暗黙知」を伝えていました。彼がよく口にする暗黙知の中身は、例えばこんなことです。
「セブンイレブンは何のために存在しているのか」・「その地域で暮らす人たちの何に貢献するのか」・「スタッフはどのような行動基準を持っていなければならないのか」・「商品の発注において、真っ先に考えるべきは何なのか」といった具合です。当時、全国に17000超もある店舗で日々起こる様々なエピソードを例にあげながら、何があろうとも揺るがない自らの経営観・事業観・人材観などを繰り返しメッセージとして送り続けたのです。これこそが、上に立つ者が部下からのリスペクトを享受するための源泉であり、「信」の根幹であると語っています。
プロスポーツの世界では、これとほぼ同じことを元楽天イーグルス監督の故・野村克也氏が書いています。彼はプロ野球シーズン開幕前のキャンプ期間中、何時間にもわたる夜間ミーティングで暗黙知を伝えてきたといいます。例えば、「今シーズンはパリーグ6球団中3位を目指す」・「3位を目指す理由は何なのか」・「3位になるための必要十分条件とは何なのか」・「投手陣・野手陣に期待するものは具体的に何なのか」・「マウンドやバッターボックスでは何を考えるべきなのか」・「ブルペンやベンチでは何を考えるべきなのか」等々。
いかがですか? どう思われますか?
さて、あなたの暗黙知は何ですか?
それをどのように部下に伝えていますか?
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