【老親リスクを回避せよ16】介護職の胸の奥底に潜むもの

前回の記事の続きです…。

介護現場で働いている人たちの声をご紹介します。

介護職のみなさんはよく「仕事がキツい」とおっしゃいます。具体的に何が「キツい」のですか? そんなアンケートをやってみたんですが…。

ごくごく狭い範囲での、ほんの100名の声でしかありませんが、やはり、私が想像していた結果が出たんですよね。

「仕事がキツい」というのは、重労働で身体的につらいということではないのです。たしかに腰痛で悩んでいる人たちは多いけれども、それよりももっと大きいのは、精神的につらいということなんです。そして、それはなぜかと言えば、

 くさい
 きたない
 気持ちわるい

その次に「給料が安い」がきます。

そういうことです。とても正直に話してくれたと思います。介護現場で活躍されているみなさんに「仕事がキツい」の根源的なことを考えてみていただいた結果、この3つに行き着いたということなのです。実に7割以上の介護職がこう答えているのです。

念のためお断りしますが、だからと言って、介護の仕事がきらいだとか、やりがいを感じていないとか、そんなふうに直結はしていませんよ。あくまでも、なぜあんなにも多くの介護職が「仕事がキツい」と訴えるのか、そのおおもとの理由を考えてもらったらこんな結果になりました、というだけの話です。
 
しかし、考えてみれば、口にこそ出しませんが、日本人1億3千万人の誰しもが容易に想像できることだと思います。

いわゆる老老地獄。ああした哀しい事件の被告人となってしまった人たちも、その動機を突き詰めていけば、来る日も来る日も下の世話をしなければならない、その惨めというか、やるせないと言うか、そんなネガティブな感情の集積に行き当たるという話を裁判官に聞いたことがあります。
 
前回の記事では、ほとんどのシニアが「自力で排泄できなくなってまで生き永らえていたくない」と考えている…という意識調査結果を紹介しました。

加えて、介護職の人たちの7割以上が、「好きでこの仕事をしているわけではない」と言っています。

となると、いまの日本と言う国では、もしかしたら、他者に排泄介助をしてもらったり、認知症になって家族の顔もわからなくなったり、そんな状態になってまで生きながらえたくはないと思っていたかもしれない人たちに対して、潜在的にではあるけれど、「くさくて、きたなくて、気持ちわるいから、本当は積極的にはやりたくないなぁ」と思っている人たちが介護をしているのかもしれない…ということになります。

尊厳死の議論は、さらに範囲を広げて、さらに踏み込んでいく必要性を感じます。そしてこれは、一部の政治家や官僚たちにとっては、財政的な意味でとてもメリットのある話なのです。あくまでも、財政的な意味で、です。

私は思うんです。100歳まで長生きすることが珍しくもなんともなくなった今、ここに至って、尊厳死の話は避けては通れない問題であると。

かつて有吉佐和子さんが「恍惚の人」を書いた時、ボケ(認知症)老人というのはまだ市民権を得ていませんでした。ボケっておそろしいねぇ~と言いながらも、まだまだ対岸の火事だったと思います。

でも、ごくごく近い未来、一億総介護時代とか、一億総認知症時代とかが来るかもしれないのです。そうなったとき、ほんの数十年前までは、死期を悟った本人や家族が少しずつ食を絶っていきながら、周囲に迷惑をかけぬように幕引きをしていった時代もあったことを、もう一度、見つめ直す必要が出てくるような気がしてならないのです。

だれもが、自分の生き方のみならず、死に方についても深く考えるべき時代になったのです。そして、本人の意思が明確になったとして、国家にはそれを尊重するようなインフラの検討が求められるだろうと、私は思うのです。

こんな考えを述べますと、必ず厳しいコメントを頂戴します。「偏っている」とか「冷酷だ」とか。でも、まちがいなく、ひとりひとりが真剣に真摯に、自分の死について考えるべき時代になったのだと、私は思っています。

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