老健の解放感と開放感は居心地の良さ

親御さんを施設に入れようとする場合、私なら迷うことなく老健をお奨めします。その理由について書いてきましたが、今回は老健で働く職員のことです。

ある老健の事務長に聴いた話では、本来なら介護職、看護職の給料はカットせざるを得ないそうです。なぜかと言えば、超高齢化の波の中で、基本的に3年毎に介護報酬(老健の収益の源泉)がマイナス改定されるからです。

全国平均で、ここ10年で、介護職の給料が年間20万円~30万円下がったと言われているなかで、全老健の調査では、全国の老人保健施設は医師と管理職の給料は下げたものの、看護職と介護職の給料は一切下げていないという結果が出ています。入所者のケアの水準を下げることはできないし、人材の確保もままならなくなるからというのが理由です。

厳しい経営環境下、健全な経営を維持するためにさまざまな試行錯誤が続く中で、職員満足度が特養や民間の施設等に比べて高いとされるのも、こんな背景があればこそなのでしょう。

誤解を恐れずに言えば、現場で働いている人たちの雰囲気も、やはり特養や民間の老ホやサ高住とはちがいます。なんのかんの言っても、やはり老健というのは病院に近いのです。医療機関ゆえの安定感がそこにはあるのです。

老健の場合、四半期に一度程度、医療法人グループ全体での交流があります。研修やイベントで、病医院で働いている人たちと、老健で働いている人たちが同じ時間を共有して刺激しあうわけです。他にも、グループホーム(以下、グルホ)や訪問看護ステーションや訪問介護ステーション、近隣の調剤薬局などのスタッフとも接点を持つことがよくあります。これは、一般に4K職場(キツい、くさい、きたない、給料安い)と酷評される介護現場の職員にとって、とてもリフレッシュできる機会なのです。

医療法人グループ全体として、事業部門をまたがっての人事異動があることも救いです。また、グループの収益の要として病医院がありますから、介護事業だけしか行っていない法人と比べると、経営的に安定しています。

都市部の老健では積極的に改修・修繕等が行われ、とてもこぎれいな老健が増えています。それも手伝ってか、堅調な業績を維持している組織には、やはり落ち着いたムードがあるものです。現場がバタバタしていない。ピリピリしていない。要は、ゆとりがあるのです。だから虐待のような悲惨な事故事例も少ないのだと思います。

ちなみに、私が携わっているNPOには医療介護現場からの相談(リーク的なモノも…)が毎年10数件寄せられます。でも、老健に対する内部告発は一件もありません。過去10年で、特養は19件、民間の老ホなら13件、グルホは8件、5年前から制度化されたサ高住は11件。いずれも職員もしくは元職員から、劣悪な経営実態や上層部の闇について、衝撃的な情報が寄せられています。でも、なぜか老健はゼロなのです。

さいごに、実際に老健で働いている職員たちの声を紹介しておきましょう。何年か前に、老健に勤務する介護職(わずか6名ですが)に電話で聞き取り調査を行いました。うち、3名は特養勤務の経験もあります。

彼女たちに、特養との比較を意識しながら、老健の良いところをあげてもらった結果が次の通りです。

【老健のやりがい(特養との比較において)】
① 夜でも看護師がいるからなんか安心
② いろんな職種がいるから、なんか刺激あり
③ レクリエーションが多いから、なんか楽しい
④ 医師がいるから、とても安心
⑤ 延命しないから、なんか厳か
⑥ 家に帰る人もいるから、なんかうれしい
⑦ 会話が通じるから、とても和やか
⑧ 経営母体が医療法人だから、なんかいい
⑨ 異動もあるから、なんか新鮮
⑩ 面会が多いから、なんかホットする
⑪ 人の死に触れるから、なんか深く考えさせられる

少しだけ解説しておきましょう。

「⑥家に帰る人もいるから、なんかうれしい」
これは、老健には、やはりリハビリをしっかりやって現場復帰しよう、自宅で生活しようという明確なる意思を持って入所している人たちもいるわけです。最後の最期まで老健で過ごされる人がいる一方で、状態が改善して退所していく人もいる……。やはり、職員にあいさつをして、ご家族と一緒にご自宅に戻られる人をお見送りするというのは、達成感が感じられる瞬間なのだと思います。

「⑦会話が通じるから、とても和やか」
特養の入所者は90%が認知症の重篤者であるため、会話が通じない場合がほとんどです。これが、やはりコミュニケーションの取れる相手とのやりとりと比べた場合に、介護職のストレスになっていることは否めません。妥当な例かどうかはわかりませんが、精神病院に勤務する医師や看護師は、ふだんの自分自身を見失ってしまったり、こころに変調をきたしてしまったり、そういうことがよくあると言います。要は、本当におかしいのは患者ではなく、自分のほうなのではないかという錯覚を感じるわけです。医師・看護師と比べれば、こころの問題についての専門知識が少ない介護職の場合、自らが病んでしまいかねない状況がすぐそこにあるというわけです。

「⑧ 経営母体が医療法人だから、なんかいい」
これは、ちょっと言いづらいことなのですが、特養を経営しているのは社会福祉法人という組織体なわけです。この法人の経営面の特徴は、★同族経営(近親経営)かつ世襲 ★非課税 ★補助金 ★多額の内部留保 ★現場知らず と言われています。私が知っている特養の経営者もかなり個性派ですし、高級ブランド&コスメで飾っている人は多いですね。あと、外車をのりまわしていたり、おまけに、その外車を経費で購入していたり……。
だんだんエキサイトしてきてしまうので、ここらへんにしておきましょう(笑)。要は、こういう経営陣に見切りをつけて退職する人が非常に多い。それが、私の特養に対する印象なのです。

厚労省が特養の過剰な内部留保についての調査結果を公表したのは2013年の春でした。一施設当たり3億円超の埋蔵金を、もっとサービス拡充や職員の待遇改善に活用すべきではないかと指摘したのです。

社会福祉法人という法人形態は1951年の社会事業法で誕生し、全国に約2万の法人があります。全国8千ある特養を経営・運営し、約50万人の入居者へのサービス提供を独占しています。3年に一度、見直される介護報酬の議論においては、毎回、特養の収支差率(収入と支出の差額が収入に占める割合、企業の利益率に近い)の高さがやり玉にあがります。

通常、大企業の売上高経常利益率の平均は5%程度。中小企業の利益率は2%~3%です。これに対して、特養の8.7%が高すぎるのではないかという話です。これを多少落としてでも、全国的に待機児童が問題となっている許認可保育園の受け入れ児童数を拡充したり、介護職や保育職の待遇改善を図ったりすべきではないかと……。

結果的に、特養の介護報酬はマイナス改定を強いられていますが、そのあおりを食らっているのは現場の介護職たちであり、もっと言ってしまえば入所者たちということになるでしょう。しかし、残念ながら、特養に入っているような人たちには声を上げる術がもはやありません。とても痛ましいことだと思います。

一方で、社会福祉法人の経営層の所得はあいかわらず高く、一族や近親者は、その能力とは関係なく、当然のように各事業所の要職に就いています。そして、かなりゆとりのある生活をしているようです。

こうした事情があると、よほどガラス張りの経営を心がけないと、心ある現場の職員たちは意を決して退職するしかなくなるわけです。だって、人事権のすべては一部の同族経営陣が握っているわけですからね。民間企業であれば、株主や税務署が立ち入ることも可能ですが、社会福祉法人は治外法権なのです。誤解を恐れずに言えば、だから、有能な職員や志の高い職員ほど辞めていく。そんな気がしてなりません。もちろん、きちんとした経営をしている特養もあることを願いますが。

ということで、話を戻しますね。要は、こうした一部の同族メンバーたちが経営を自由にコントロールできるような特養というところよりも、老健のほうが透明性があるだろうということです。老健の経営主体は医療法人です。医療法人にはきちんと税金も課せられ、医療法でも「監事役には、利害関係のある営利法人の役員、顧問税理士、当該法人の社員、理事長の配偶者・兄弟姉妹及び一親等の血族の就任は望ましくない」と規定されていますから、やっぱり第三者的な信用度が高いということです。

「⑨異動もあるから、なんか新鮮」
老健の場合、症状や入所目的によってフロアが分かれていることがほとんどです。そして、積極的な人事ローテーションを回しています。これは、職員のキャリアステップ上の理由もありますが、一か所に固定することによって生ずる心理的閉塞感から解放するといった、こころのケアの一環でもあります。それ以外にも、同じ敷地内や近隣に病院があったり、健診センターがあったり、居宅介護事業所があったり……。だからこそ、もしもある職場に配属された職員がそこに適応できなかったとしても、対策を講じやすい。それが職員のバーンアウト(燃え尽き症候群)を回避する手立てにもなっているわけです。

「⑩面会が多いから、なんかホットする」
統計を取ったわけではありませんが、特養の入所者のもとへは、あまりご家族が様子に見に来られている印象がありません。やはり、認知症で重篤な方が多いこと、そもそも特養には身寄りがなく社会的に孤立した人を優先的に入所させる傾向があることが理由かもしれませんね。

それに対して、老健というのは外部からの人の出入りがとても多い印象があります。ご家族の面会も明らかに多いと感じます。これが老健での暮らしはリスクが低いと言える大きな理由でもあります。人の出入りが頻繁にあるというのは、結構重要なことなのです。

覆面調査や取材で多くの施設を回ってきましたが、全体的に、老健の職員は、明るくて話しかけやすい傾向にあります。これが入所者のご家族にとってはこころの拠り所になるはずです。

「⑪人の死に触れるから、なんか深く考えさせられる」
最近はすっかり親族の死というものに触れる機会が減ってきましたよね。だからこそかもしれませんが、看護職・介護職を問わず、入所者の死をはじめは恐れていますが、場数を踏むにつれ、そこからさまざまなことに気づき、考え、人間としての幅がひろがっていくように感じています。ひとの最期に立ち会うことで、思慮深い、そして人に対してやさしい人材に育っていくような気がしてなりません。

ひとりひとりの入所者と同じ時間を共有したことの意味を吟味しながら、ご本人やご家族から「この職員さんがいてくれてよかった」と言ってもらえるに相応しい専門職になりたいと思ったという20代の介護職のコメントには、目頭が熱くなったものでした。いゃあ、ほんと、立派なプロだなぁ~ってリスペクトしたものです。

おそらく、老健に入所した人たちの満足度のみならず、老健に勤務する職員の満足度も高いのではないか。そんな仮説が成り立ちます。で、そのあたりのことを実証できるデータが見つからないものかと調べまくってみたのですが…。かろうじて一件だけ、興味深い資料を発見しました。
平成24年(古っ!)に、国際医療福祉大学大学院医療福祉研究科(竹内孝仁教授)の博士課程の研究論文が公開されていました。

『介護人材育成の実態と教育制度の方向性に関する研究』と題された論文で、病院看護、老健・特養の介護職の人事考課制度が比較されています。そのなかで、病院・老健・特養の利用者満足度と職員満足度という項目が掲載されています。その結果についてご紹介しましょう。

調査方法は、各都道府県別に無作為抽出した病院4千件、老健1千件、特養1千件を対象に郵送によるアンケートとなっています。最終的に、病院から181件、老健から109件、特養から126件の有効回答(有効回答率6.9%)が得られています。

その結果は、次の通りです。

【利用者満足度】
・病院  65.7%
・老健  60.6%
・特養  50.4%

【職員満足度】
・病院  42.5%
・老健  29.4%
・特養  19.2%

まぁ、正直言って、職員満足度のレベルの低さは頭が痛いものの、それでもやはり、特養よりは老健の数値のほうがはるかに高いことはおわかりいただけると思います。

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