ソカタどぶろくについて
こんにちは
WAKAZE三軒茶屋醸造所の蔵人、Jackeyです。
今回は三茶の新商品であり、私の完全オリジナルレシピで造った「ソカタどぶろく」のご紹介をしたいと思います。
自己紹介
商品の説明に入る前に、簡単に自己紹介させてください。
現在WAKAZEの三軒茶屋醸造所の蔵人としてクラフトサケを造っています。
その前は北里大学の大村智記念研究所で微生物創薬のためのテクニカルスタッフを、またその前は大手酒販店でお酒の販売をしておりました。
なので酒蔵やブルワリーでの経験は無く、WAKAZEで酒造りをはじめました。
ツイッターもやっているのでこちらもぜひ(https://twitter.com/jackey_wkz)
ソカタどぶろくのあらすじ
そもそもソカタというものをご存知でしょうか?
ソカタ(Socată)はルーマニアの伝統飲料の一つで、現地ではエルダーフラワーとレモンと砂糖を水に入れた後そのまま放置し、発酵したらそれらを濾過して飲む微発泡(微アル?)飲料を指します。おそらくこの微発泡と微量のアルコールはエルダーフラワーやレモンに付着していた酵母の発酵由来でしょう。
ちなみにあのファンタには、ソカタ味(Fanta Shokata)が現地ルーマニアを中心に数十ヵ国で親しまれている定番フレーバーにもなっているようで、日本では数年前に期間限定商品として「ファンタ 世界のおいしいフレーバー ソカタ」がリリースされていました(こちらはノンアルコールです)。
実際にこのファンタのソカタを飲むとエルダーフラワーの甘いマスカットや青いグリーンな香り、炭酸の綺麗なガス感と透き通るような甘味と酸味が心地よく、清涼感そのものを飲んでいるかのような感覚で、衝撃的だったんですね。
で、初めてクラフトな酒を造るならこのソカタの要素を醸造に取り込みたいと思い、今回できたのが「ソカタどぶろく」です。
酒質の設計
ではソカタのお酒を造るとして、どのようにお酒に取り入れていくか。まずソカタのキャラクターを次のように分解すると、
香り=エルダーフラワー
味わい=レモンや砂糖水
テクスチャー=炭酸・ガス感
の三要素に分けられると思います。
香りは間違いなくエルダーフラワーから来ており、マストで使うことにしました。ただ、市販で手に入るエルダーフラワーは基本的にドライの状態(ハーブティ用)のものがほとんどで、このドライエルダーフラワーは生のエルダーフラワーに比べて香りにフレッシュ感が欠けている印象があります。
清涼感を目指す上で稀少な生のエルダーフラワーも使用することで、よりフレッシュでフローラルな香りをどぶろくに溶け込ませることができました。
味わいの中心はどぶろくの場合、米と麹の糖化と発酵具合に依存していきますが、ソカタのレモンと砂糖から来ている味わいを表現するためになるべくグルコースやクエン酸を残すような造りで仕上げました。
またソカタの微発泡感は上槽(醪を絞る工程)を行わないどぶろくのままで瓶に詰めることにより、開栓した後でもソカタのようにしゅわしゅわしたガス感を楽しめるようにしました。
花酛からの着想
ではソカタの要素を醸造に取り込むには、どういうアプローチができるのか。色々調べていると、ある事実にたどり着きました。
「エルダーフラワーには抗菌作用がある。」
抗菌作用とは、微生物の生育や増殖を抑える働きのこと。
エルダーフラワーの抗菌作用について知った時、これを上手く利用しているであろう酒の例を思い出していました。それが花酛です。
花酛の説明は弊社CTOの今井の文章から参照したいと思います。
つまり、どぶろくにホップの要素を取り入れたのが花酛であり、花酛におけるホップの役割はどぶろくに対してホップ由来の香りや苦味を付与することと認識しています。
が、この役割以外にもこの花酛中のホップのもつ抗菌作用がどぶろく醸造中に多少なりとも働いているのではないか、と考えました。
※ちなみに酛(酒母)とは日本酒やどぶろくの仕込みに使用する酵母をたくさん含んだスターターのことで、このスターターの酵母がきちんと増殖していないと醸造がうまくいかないとされています。その為、日本酒では生酛や速醸酛のように乳酸による酸性条件下で酛立て(酛を作製すること)をして、安全な仕込みを達成してきました。また酛立てにおいて重要なのは目的の酵母がきちんと増殖し、汚染の原因となる他の真菌や細菌が増殖しないことです。
ホップがビールの原料として使われ始めた経緯には、ホップを使った麦汁で醸造すると腐敗しにくい特徴が見られたことで普及した歴史があるらしく、また実際にホップに含まれるイソα酸は細菌(グラム陽性菌)に対して活性があることが知られており、ホップはバクテリアに対して抗菌活性を持っていると言えます。
つまり上記の花酛のようにホップを使って日本酒を仕込むことで、ホップ由来の抗菌物質が醸造中に作用し、安全な醸造に多少なりとも寄与している可能性も考えられます。民間伝承で造られていた花酛が、安全な醸造において理にかなっていたかもしれない、というのはロマンを感じますね…
花酛からエルダーフラワーの話に戻します。
抗菌作用を持つホップを使って造る酒があるなら、同様に抗菌作用を持つボタニカルを使って造る酒があっても良いのではないか。
というふうに思いつくのは自然な流れでした。
まさしくエルダーフラワーのようなボタニカルは最適なのではないか、と。
抗菌作用について
実はこのエルダーフラワーの水抽出物が細菌(グラム陽性菌)や病原性のある酵母に対して活性を持っている(抗菌作用を示す)ということが示唆されています。
またこちらの論文では、ソカタが2週間にわたって病原性のある菌が増殖しないこと、またそれも清酒酵母と同じSaccharomyce cerevisiaeの発酵が影響していることを示唆しています。
エルダーフラワーの抗菌作用とレモンの酸性条件、そして酵母の増殖と発酵によるアルコール。これらが製造の段階で組み合わさり、他のバクテリアや菌を寄せ付けない安全な飲料になり、ソカタはより広く親しまれ普及していったのではないか、という仮説が頭の中で浮かびました。
つまり「ソカタの製造プロセスにおいて、酵母は増殖して、発酵によりアルコールと炭酸ガスを作り、それ以外の細菌などは増殖自体が抑制される。」という解釈をし、
そしてこの酵母の発酵をうまく促してあげるソカタの製造プロセスは、日本酒の「酛立てにも似ている」な、と思いました。
抗菌作用のあるエルダーフラワーと、クエン酸を持つレモンを使う—まるでソカタを作るかのように酛を立てれば、今までにない新しい酛の製法を生み出せるかもしれない。この「ソカタ酛」で醸造をしたい、という思いでどぶろくの製造という形で実行に移しました。
ソカタ酛とは
ホップを使って造る花酛の「花」はホップの雌花である「毱花」から来ていることを考えると、エルダーフラワーを用いればエルダーフラワーも花なのでこれも花酛、と捉えるられるかと思います。ただこれは花酛の定義次第な気がするので、ひとまずここでは花酛を以下のように定義したいと思います。
「花酛とは、カラハナソウやホップをはじめとした植物の花を酛立て時(または仕込み時)に使用する製法」
この定義に照らし合わせると、今回のソカタどぶろくは花酛に属します。
しかし商品のラベルを見ると、ソカタ酛というワードになっています。
これは先述の通り、酛立ての段階にエルダーフラワーだけでなくレモンも使用し、まるでルーマニアの伝統飲料であるソカタを作るかのように酛を立てをしたことに由来します。
これは都合の良い解釈かもしれませんが、今まで出てきた花酛やソカタ酛は原料による違いで分類しています。
普通の酛 =米+麹+水
花酛 =米+麹+水+ホップなどの植物の花
ソカタ酛 =米+麹+水+エルダーフラワー(植物の花)+レモン
イメージとしては、ソカタ酛は花酛にプラスαした酛立て製法という認識ですので、ソカタ酛 ⊂ 花酛、というふうに花酛の中の一種類として個人的には捉えています。
ソカタ酛自体が花酛から着想を得ているから、というリスペクトもありますね。
仕込みの風景を
さて、そんなソカタどぶろくの酛立て風景です。
今回は安全醸造の為にクエン酸を多く含む白麹を使用していますが、この白麹も大量のレモンに置き換えて酛立てすれば、よりソカタに近いお酒を造ることができるかもしれませんし、レモンさえ使わないエルダーフラワーやホップのみで酛立てをして醸造すれば、乳酸やクエン酸などの有機酸すら入ってこない全く新しい酛も生み出せるかもしれません。
実際の商品
実際にできたソカタどぶろくですが、エルダーフラワーの香りと麹の甘味と酸味、どぶろく特有のガス感もあり、想定以上に美味しく仕上がりました。
リリースのタイミングは夏真っ盛りで蒸し暑いと思いますので、キンキンに冷やしたソカタどぶろくを飲んで花酛の伝統と革新に思いを馳せながら、涼を取られてみてはいかがでしょうか…?
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