「三叉槍」については、
「三叉」の部分と、
「槍」について分けて説明いたします。
〇「三叉」について
・3は基本的な神聖数のひとつ
佐藤 靖彦さんがご回答されているとおり、
https://qr.ae/pyJslR
「3は基本的な神聖数のひとつ」
というのが主要因です。
西ヨーロッパでは「三機能仮説」、
インドでは「ヴァルナ(の再生族)」
が特に関連します。
・「3つの階級の民の象徴」
後述しますが「槍」がある種の「王権」「王笏」であり、
「民を支配するもの / 民の繁栄の責務を追うもの」
としての象徴の側面があるため、
「3つの階級の民の象徴」としての「三叉」
ということです。
・「三界」・支配者・主宰神の象徴
天上(神界:空・大気とは別)、
地上(空・大気を含む)、
地下(冥界)
の「三界」の象徴、
そしてその支配者・主宰神という側面もあります。
※後年に、新しい神によって主宰神の座・信仰・神話を失ったけれども、
三叉槍というシンボルは残った、というケースもあり得ます。
*
また、
メソポタミア神話では「世界樹キスカヌの三界」、
北欧神話では「世界樹イグドラシルの三界」
「(三尊形式での崇拝における)トール・オーディン・フレイ」、
エジプト神話では「オシリス、イシス、ホルス」、
インドでは「トリムルティ」、
道教では「三清」、
日本神話では「造化三神」「三貴子」などなど、
「主宰神群」という側面もあります。
*
<参考>
https://en.wikipedia.org/wiki/Trident
・ポセイドンとオシリス/アンジェティのネクハクハ
・ネクハクハ/殻竿(からざお):
「三つ」の殻がついた竿。〝ネクハクハ〟は力と権威を表している。
アンジェティは前王朝時代に遡る最も古い神さまで
(エジプト神話の主宰神)オシリスの先駆者です。
https://en.wikipedia.org/wiki/Andjety
オシリスの妻イシスは、ポセイドンの妻デメテルと同一視されています。
イシスの習合先ハトホルは、
シリアのビュブロスにおいて「海の貴婦人」という称号で呼ばれており、
アスタルテ・アナト・アシェラ/アーシラトと同一視されています。
これらの神々は、イシュタル/イナンナと同一視されています。
これらのことから、オシリスが習合したアンジェティが持つ
「三つ」の殻がついた竿:ネクハクハ
が、元々は「大地神であったポセイドン」について、
その妻デメテルが
イシス・ハトホル・アーシラト(海の貴婦人)・イシュタル/イナンナ
へと繋がるので、「海の神」へと変化させられて、
漁撈道具である銛や、(元主宰神としての)戦神としての槍へ変化した結果
「三叉」の槍:トリアイナ、トライデント
になった、という可能性があります。
・ポセイドン、樹木崇拝と馬、地下水の神
シリアやアナトリアなどのアジア地方においては、
樹木崇拝と馬を結び付ける信仰があり、かつ、
地下水(冥界)を司る神だったという示唆もあるので、
上では妻デメテルとイシュタル/イナンナの繋がりも考慮すると、
メソポタミアの「エンキ」に由来するのかもしれません。
エンキの名前は「地の主」、大地神を意味します。
エンキの元とされるアプスー/アビスは「地下(冥界)の海」の神です。
エンキの神殿の名前はエ・アブズ(水の家)。
そして、オシリスの「聖地」はアビュドスです。
エンキの妻ニンフルサグは、一方で、エンリルの妻ニンリルの別名であり、その別名としてさらに「ベーレト・イリ」が挙げられています。
「ベーレト」は上の「バーラト(ゲバル) = ハトホル」と同じです。
そうであれば、
ポセイドンとデメテル、
オシリスとイシス、
エンキとニンフルサグ
(あるいは次の世代の、ドゥムジ/ダンムズとイナンナ/イシュタル)
は同じ、あるいは非常に近いと言えるかもしれません。
ベロッソスの言う「物語の骨子」ですね。
※「冥界下り」「死と再生の植物神」「冥界の主/三界の支配者」
この場合、三叉の槍トリアイナ、トライデントというのは、
世界樹キスカヌの小枝(メー)がモチーフ・由来になっていて、
・ヘルメスの杖ケリュケイオン(アポロンから貰った小枝)や、
(アポロンは太陽の運行に馬車を使う)
・ケイロン(半人半馬)の聖なるトネリコの槍(小枝)
(ポセイドンの父クロノスが馬に変身して(中略)生まれた子供)
・オーディンの槍グングニル(トネリコの枝)
(オーディンの馬スレイプニル)
などと同じ起源の可能性があります。
また「世界樹の小枝」には、
金枝篇に登場する伝承や、
ウェルギリウスの冥界下りにおける、ペルセポネーの金枝、
ヘラクレスの冥界下りにおける、ポプラの枝の冠
ギルガメシュの海底(冥界)にある不老の草(枝という説があり)
オシリスの死と再生の祭儀においても「小枝」が使われます。
これらもまた「三界」の支配者、という象徴だと言えると思います。
〇「二叉」について
・「水脈占い」の杖と、ケリュケイオンの「二匹の蛇」
古代の西洋においては「水脈占い」で杖を利用していました。
「二叉に別れた一本のハシバミ/ヘーゼルナッツの枝」
を杖として利用していました。
ハシバミは水と深い関係があり、ケルトやゲルマンでは魔術と結びついています。
※ポセイドンも水(地下水・海)の神です。
この杖は、ヘルメス神のケリュケイオン(に絡まる2匹の蛇)に由来するものです。
出典:ジャックブロス著:「世界樹木神話」
そして、ケリュケイオンのページによれば
とされています。
「二叉」における
ケリュケイオンの蛇が象徴する権威・超自然的な力
というのは、「三叉」と似たようなものと言えると思います。
※「二叉」と水・ポセイドンとの繋がりは
「三叉」との繋がりよりも、「神話の伝搬による影響」だと思います。
・「二叉槍:バイデント」について
引用にあるとおり、
「釣り道具(海での漁労の道具)」
「農耕道具」
としての象徴であり、生産活動・豊穣神としての象徴でもあります。
また、「プルートーと二叉槍」「ポセイドンと三叉槍」が混同されている
ケースについての示唆があります。
そして、上で書きましたとおり
「空、地、海の領域を統一」
という
「三界」・支配者・主宰神の象徴
という象徴でもあります。
バイデントの形状が農業用フォークに類似しており、上でもその象徴として扱われていたことから、古い大地神・豊穣神としての
牧神パン/ファウヌス/プーシャン
との関連性も示唆されています。
※プーシャンは冥界神としての側面も持つ。
・「戦神」化による、武装化
ある神が、時代が下ることによって
「戦神の側面が加わって、武器を持つ」
ということがあります。
「サラスヴァティ → (八臂)弁財天:宝棒・戟(槍・矛)・弓矢・剣」
「クベーラ/ヴァイシュラヴァナ
→ 毘沙門天:槍(チベット仏教化した際のクベーラは棒)」
「マルスが軍神になったのも、保護していた農民が、土地を守るために兵士にならなくなってからのこと。もともとは、花咲く自然の神だった。」
<世界樹木神話から>
などがそうです。
・「武器」としての変化
上で書いたヘルメス神というのは、
東方へ伝わると
ファッロー → クベーラ → ヴァイシュラヴァナ → 毘沙門天
へと変化していきました。
ですので、
ヘルメス神の杖ケリュケイオンと、毘沙門天の槍は同じ
ものです。
このことから、
「杖が槍へ変化」
していくことが分かります。
https://www.youtube.com/watch?v=IdxJe1MqVaE
https://www.karakusamon.com/2016k/tanabe_katumi.html
*
ケイロン/キロンの聖なるトネリコの槍も、
ケイロンがアスクレピオスの師であり、
アスクレピオスの杖は、ヘルメスの杖ケリュケイオンと同じ
伝令杖カドゥケウスなので
これも「杖が槍へ変化」したものと言えると思います。
*******
「持っていた道具が変化する」というパターンもあります。
「ニンギルス/ニヌルタ:2本の棍棒
→ (同一視される)ザババ:2本のシミター」
「イナンナ/イシュタルのシタ(cita)とミトゥム(mitum)という
2つの鎚矛(槍)は、棍棒(杖)だとされる場合もあます」
・「別の姿 / 別の神格」
別のパターンでは「持っている道具が変化」するのではなく、
「別の姿 / 別の神格」とされることもあります。
「パールヴァティ/マハーディーヴィ → カーリー/ドゥルガー」や
「ハトホル/イシス → セクメト」などです。
・本来は「王笏・杖(非武装・王権の象徴)」
これらと同じように、
本来は「王笏・杖(非武装・王権の象徴)」
であったものが、主神として
「他の部族や国家との戦争に参加」
することになると、戦神としての側面も求められることになり、
「槍(武装・王権の象徴)」へと変化
した、ということです。
この辺りは「テュルソス」と関係があるかもしれません。
(※)このリボンは、卜占杖に付けられるリボンで、蛇だとされています。つまり、ヘルメス神の杖ケリュケイオンに由来します。
ですので「杖が槍へ変化」したと言えます。
<似たようなことを考えている人もいました>
蛇ではなく鳥になっていますが、
・「リボン」が「鳥」として解釈されるようになった
・イナンナの世界樹フルップ(小枝・杖)に住み着いた
鳥アンズーと蛇が入れ替わった。
・オシリスの息子ホルスの杖が、
(ポセイドン同様に)ギリシャ神話へ引き継がれた
・エジプト・ビュブロスを含む近東において、アッシュル神を始めとして
「鳥(有翼円盤)」を「主権」のシンボルとしていたので、
それを主権を示す杖の先端に描いた
などの可能性が考えられます。
〇「王笏」と「王権」について
上で引用したpdf資料が詳しいです。
一例を抜粋しますと
という風に、神から王権あるいはその象徴として王笏が王へ渡されます。
その他の例は以下のとおりです。
<参考>:ヘラ(ゼウスの妻・女王)も王笏を持つ。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10174030055
https://sumikuni.hatenablog.com/entry/2021/02/22/065451
<参考>:ジュノー(ユピテル/ジュピターの妻・女王)も王笏を持つ。
こちらは王笏の場合と、槍と盾の場合がある。
https://www.tiara-int.co.jp/SHOP/250310.html
<参考>:ここでは「デーメーテール♀(王笏と小麦の束)」
「ゼウス♂(雷霆と杖{王笏?})」が紹介されています。
https://note.com/anima_solaris/n/nb3813bb99974
〇神々の武具「アストラ」と「世界樹の枝・葉」
・神々の武具「アストラ」
インド神話には、その神の性質・神格・権能を、
そのまま具現化したような武具「アストラ」というものが登場します。
形状は様々で、飛び道具・投擲武器・弓矢が一般的とされます。
本来は武具というよりは、どちらかというと魔法の類に近く、
必ず呪文・口訣を必要とします。
また、ものによっては「(世界樹の)葉」を必要とするものもあります。
・「世界樹の枝」
バビロニア神話では、三界(冥界、地上、神界/宇宙)に渡って聳え立つ
聖なる樹/世界樹キスカヌの
果実・ラピスラズリ・星々(アストラ)が神々だ、とされています。
世界樹の枝についてはこれまで色々とあげてきました。
・ヘルメスの杖ケリュケイオン(アポロンから貰った小枝)
・ケイロン(半人半馬)の聖なるトネリコの槍(小枝)
・オーディンの槍グングニル(トネリコの枝)
・ウェルギリウスの冥界下りにおける、ペルセポネーの金枝
・ディオニューソスにギンバイカの木
(と引き替えに母親のセメレーを冥府から帰している)
・ヘラクレスの冥界下りにおける、ポプラの枝の冠
・ギルガメシュの海底(冥界)にある不老の草(枝という説があり)
・オシリスの死と再生の祭儀においても「小枝」
*
また世界樹の枝が変形したもの(槍・杖・笏)も解説してきました。
・ポセイドンのトライデントはゼウスの蓮の笏に由来
・槍の柄としての《王杖》
・テュルソスは「ブドウの葉に包まれた槍」「木ヅタを巻いた槍」
リボンは、卜占杖に付けられるリボンで、蛇だとされています。
つまり、ヘルメス神の杖ケリュケイオンに由来します。
・ゼウスも「翼がついた生物が先端についた王笏」を持つ姿で描かれる。
・(ホルスの姿は)隼の頭をもつ人間あるいは、「隼の頭を着けた杖」
・有翼円盤は、古代近東(エジプト、メソポタミア、アナトリア、ペルシャ) における神性、王権、権力に関連付けられた太陽のシンボルです。
・イナンナの世界樹フルップ(小枝・杖)に住み着いた
鳥アンズーと蛇が入れ替わった。
このように、世界樹の枝が変形したものについては
蛇や鳥を示すものが付属して、それが世界樹の枝であることを補足します。
・「世界樹の葉」
また「世界樹の枝」に似たものに「葉」があります。
・聖書に出てくる「生命の樹の葉」
・神々の武具アストラを使用するための「葉」
・聖地に生える「蘇生の薬草」:サンジーヴィニ
・聖地に生えるソーマ/ハオマ/ガオケレナの「葉」
・聖地ドドナのオークにおける「神託の葉」
・ギルガメシュの海底(冥界)の「不老の草」
どれも不老不死や癒しに関わるものです。
世界樹の「枝」が冥界との往来・生と死について
そうであったのと同じです。
・冥界⇔地上については「不老不死」「生と死」「冥界下り」
・地上⇔神界/天界については「主権」「神権」「王権」「神の権能」
のように、三界を貫く世界樹としての象徴ということが良くわかります。
イエス・キリストの復活についても、
生命の樹=世界樹や
三界の支配者=主
として語られることがあります。
※元々旧約聖書は、メソポタミアの諸々の神話をベースにしているため。
・アストラの類似物
それ以外についてもいくつかピックアップしますと・・・
*
・魔術・ルーンの神であるオーディンのグングニル(槍)の
「決して的を外さない」。
・インドラがカルナに与えた
「決して的を外さない槍(グングニルと同じ)
ヴァサヴィ・シャクティ」。
※これは本来、主宰神インドラが持っている「アストラ」です。
・ルーの槍「森の名だたるイチイの樹 / アッサルの槍」も
「決して的を外さない」。
しかも「呪文を唱えれば的中させたり召還ができる」というのは、
「アストラ」の性質と同じです。
*
ヌアザの剣も
「何者もこの剣から逃れることはできず、
一度鞘から抜かれればこれを耐える者はいなかった」とされています。
似たような剣であるダーインスレイヴは
「ひとたび抜かれれば必ず誰かを死に追いやる。
その一閃は的をあやまたず、また決して癒えぬ傷を残すのだ。」
とされています。
*
アサセの剣は以下のとおりです。
とされているとおり、この剣の形状をした自律兵器(?)は
「植物」「葉」とされています。
*
これはインド神話の「アストラ」も同じような性質があり
「(アストラを)収める技・術」を習得していなければ、
自身を滅ぼすことになる、
とされています。
「アストラ」は、その神の性質・神格の象徴を、そのまま具現化したようなものです。
なのでここで紹介した槍や剣というのは「神格・神権・権能そのもの」ということができると思います。
これもまた、
神権・権能の象徴である「杖・王笏」が
「槍」などの武器へ変化する例
と言えると思います。
・その他の杖・棒・槍
その他の類似物もまた、
「アストラ」や「世界樹の枝」を起源に持っている
かもしれません。
〇おわりに
こうして総じて見ると
「人間の想像力は昔からあまり変わっていない」
というような気がします。
余りにも突飛な想像物は、
世間一般の人々には受け入れられず
引き継がれていかないので忘失していく、
ということでしょうか。
*
また別の視点からすると、
「多くの人の心に残る物語(神話)」は
「リスペクト・オマージュ・二次創作」されていって、
(ベロッソスの言う)「物語の骨子」
が引き継がれていく、
ということでもあると思います。
細部はアレンジされて、増えていく、ということですね。
神話の最古の記録から4000年以上たった現在でも、
原神・FGO・ブルーアーカイブなどの様々なゲームや、
様々なライトノベル・映画などでも、神話はテーマにされていて
「リスペクト・オマージュ・二次創作」によって
バリエーションは増える一方です。
※ゲーム「聖剣伝説」シリーズでも、
「聖剣」は元々マナの女神の「杖」であり、
マナの権能・力の象徴であって、
聖剣という物理的な形状は見る人の心によって形づくられた物であり、
本来は不定形です。
※※アーサー王伝説の聖杯なども、本来のキリストの聖杯から離れて、
世界樹の枝・メーの万能性と同じようなもの
に変化してしまっています。
*
そんなわけで「人間の ”伝承”・”創作” という性質」によって、
杖になったり、棒になったり、笏になったり、
槍になったり、斧になったり、剣になったり、
二又になったり、三叉になったり
色々と形は変化するけど、
全部元々は
「王権」「主権」「神権」という概念を「具象化したもの」
と言えると思います。
*
そして、さらに言えばその起源というのは
「世界樹(キスカヌ)の枝」 ≒ 「メー」
≒ 世界樹に輝く星々である神々、その「神々の権能そのもの」
ということになります。