犠牲祭という「祭節」
普段何気なく使っている「結婚」という日本語。文明開化で西欧的マリアージュの概念に適合する言葉として定着したと言われています。翻訳の世界におりますと、適切な訳語がない、という困惑をよく経験致します。最近の日本人は新語を作る努力を怠り、何でもカタカナで外来語として処理する傾向がありますが、必要な概念は、できたら漢語で表せるようになりたいものだと8年前にこんな提案をしました。今年の犠牲祭は、まもなく始まります。
文末の太字は今回書き足した。「global middle east」シリーズ(No. 009)
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ブログ「global middle east」(2012.10.28)
犠牲祭
イスラム教徒の皆さん、犠牲祭おめでとうございます。
「犠牲祭(イード アルアドハー)とは何?簡潔に説明してくれないか?」
今年もまた、報道の現場で質問を受けました。言ってみれば奇妙な話です。イードは何も昨日今日始まったわけでなく、1400年もの間繰り返されてきた訳だし、毎年同じ報道をしているのですから、質問者も去年同じ質問をしたか、少なくとも疑問に思ったりしたのではないでしょうか。私も30年近く、毎年同じ質問を受け、飽きずに同じ説明をしています。「羊が降りてきたんです!」
イブラヒーム(アブラハム)の不思議な経験については皆さんWikiなどで調べて下さい。私が今日提案したいのは、「イード」に適切な和訳を充てよう、ということです。実はこれが信じられないぐらい難しい…というお話です。
イスラムの暦にはイードが2回あります。一番大きいとされるイードが犠牲祭、次にイード アルフィトル(=断食明けの祝日)です。国によってお休みになる日数が違いますが、通常前者が4日間、後者は3日間です。ここまで書くと、イスラムのことを知らない人でも大体分かるでしょう。ああ、盆と正月みたいなものか?と。
その通り。イード(=Feast)は宗教的な理由に基づく大きなお休み、祝祭のことです。「おめでとう」という挨拶を交わし、ご馳走を食べ、きれいな服を着て祝います。子供はお小遣いを貰います。それは本当にお盆や正月に似ています。しかし、正月ではない…。「Feast」です。「Feast」とは何でしょうか?日本語で、何と言えばよいのか、なかなかぴったりとした言葉がないですね。辞書には、(宗教上の)祝祭,祭日,祝日,祭礼…とあります。(もちろん、他に祝宴、ご馳走といった意味もありますが)
私が間違っていたら教えて頂きたいのですが、少なくとも現代語にはFeast(=イード)にぴったりくる日本語がありません。そこで「お祝い」です、とか「祝祭日」です、とか「宗教的なお祭り」です、と説明します。このあたりが、いつまでたっても日本で「犠牲祭」が市民権を得ないひとつの理由と睨んでいます。
「お祝い」と言えば、還暦の祝いもお祝いだし、就職した姪にあげるお金もお祝いです。「祝日」は、みどりの日も祝日ですし、長い休みのことを言いません。その日一日を言います。「祭り」に至っては、御神輿を想像してしまうのは、日本人として仕方のないことでしょう。
marriage の訳は何ですか?と聞かれたら、99%のひとは「結婚」と答えるでしょう。これは、昔、日本には契約概念のマリアージュという考えがなかったため、嫁入りとか祝言という言葉で表すには不便、ということで新しく作られた(明治維新時の造語)と聞いています(*注)。逆に今では祝言と聞いても理解できない若い人が増えています。言葉とは、このように必要に応じ、時代に応じ変遷するものです。
そこで私の提案は、イード(=Feast)に日本語を!ということです。新しい言葉を作ります。祭節 はどうでしょうか。(さいせつ、と読みます)
「正月も、お盆も日本人の大切な祭節です。」どうでしょうか。ようやく、外国人に日本語で日本のことを正確に表せるようになりました。正月や盆がありながら、Feastに当たる言葉がないのは、日本語が閉鎖的な文化のままでいられたからに他ならないのです。
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*注:結婚ということばは平安時代からあったが、明治以降、一般的に使われるようになったというのが真相らしい(Wiki)
最近困った例は、アラビア語のعجين (アジーン。英:dough)に適当な日本語がないこと。dough をネット辞書で引くと「 こね粉,パン生地,ドウ」と出る。アジーンはもう35年ぐらい知って、使っている単語だが、これを和訳するのにこんなに苦労するとは考えたことがなかった。
アラブの人がアラブの人にタコ焼きを説明する映像があり、「外側はアジーンです。中にタコが入っています」と言っている。さあ、あなたならこれを何と訳すか。ぜひコメント欄に貴案を書き残して頂ければ幸いです。(辞書の3つの訳が当てはまるか?ドウです、と言ってわかる、という人がいたらぜひ手を挙げていただきたい。)
祭節は、是非普及させたい言葉だ。私はこの世に生まれて何一つ社会に貢献しなかったが、たったひとつでも新訳語が普及することで、イードという世界的な社会現象が人間社会の本質であることを日本人がもっと意識してくれれば、と願うのです。辞書に載せるとしたら下記のようになるでしょう。
祭節:日本のお正月、イスラム世界の「イード」のように、伝統的慣習に基づいて人々が休業し、家族・親族が集う習慣及びその期間。