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シーズン最後の白馬峰方

 JR大糸線をはさんで八方尾根と反対側、鬼無里へ行く道の途中に「白馬峰方」というスキー場がある。ゲレンデの上部に歩くスキーのコースがあるというので、春休みの最後の日に行こうと電話で問い合わせると、3月末日までオープンしていると言う。ぎりぎりセーフだ。ダウンヒルも少しはできるというハーフエッジの板を買ったので、ゲレンデでも楽しめそうだ。翌日も滑ることを考えて、五竜遠見のペンションに予約を入れ、車で出発した。
 すっかり春めいた北陸自動車道を快調に飛ばして、昼前には白馬峰方に到着。この冬は、平地は暖冬寡雪だったが、山雪型の気候だったと見えて、スキー場はまだ雪が十分にある。しかし、最後の日だからか平日とはいえゲレンデには人っ子一人いないのは不気味だ。食堂なども見当たらないので、弁当でも買おうとプレファブ小屋の売店に入ったら、売り切れだと言う。はじめからあったかどうかも疑わしい。腹の足しになりそうな菓子を買って、スキーの準備を始める。ところが、ところがである。靴がない。忘れてきてしまったのだ。
 妻とXCスキーに出かけるとロクなことがない。札幌へ行ったときは、千歳空港に財布を入れたバッグを置き忘れ、幸い見つかったが、それを受け取りに行って半日を潰してしまった。サロマ湖へ行ったときは、もっと悲惨だった。福井から車で大阪空港まで言ったのだが、その途中、名神高速道路で事故があり、3時間もストップ。前にも進めず、引き返して一般道を走ることもできず、1日1便だけの女満別行きにとうとう間に合わなかった。昼までには網走に着くはずが、羽田経由となったため、夜になってしまった。航空運賃の差額だけでなく、網走からサロマ湖へのタクシー代も加わって、予想外の大出費。時間的にも大きなロスだった。
 今回もこれだ。自業自得とはいえ、ショック。アルペンのセットでも借りて滑ろうかと思ったが、待てよ、歩くスキーのコースがあるならそのための貸スキーだってあるかもしれないと、レンタルショップで聞けば、案の定、山頂で貸していると言う。地獄に仏、早速リフトで上り、山頂のレストハウスへ急いだ。
 レストハウスでは店員が1人店を片付けていた。今日で営業も終わりなのだ。しかし、聞けば嫌々ながら(と見受けられたが)、まだ貸していると言う。靴・板・ストックのセットを2人分借りて、コースへ出る。誰もいないように見えたが、歩いた人がいるらしい。コースには何本かのスキーの跡が付いている。まもなくスキーマラソンのスタート地点になると思われる広い平坦なところを過ぎ、カラマツ林に入る。アップダウンの少ない初級者向きだが、景色は変化に富み、なかなか良いコースだ。案内図や標識もしっかりしている。緩い登りをゆっくり歩いて行くと展望台に出る。正面には五竜岳、右手に唐松岳が聳え、下の方にはところどころゲレンデが見える。このように一望するのは初めてなので、どれがどのスキー場かははっきりとはわからないが、その多さに驚かされる。
 またしばらく歩くと、左側にもう1本の道が見える。この先ぐるっと回ってここに戻るようだ。地図で確かめると、多少アップダウンがあるようだ。妻にそう言うと、ここで待つから1人で行って来いと言う。疲れたのではなく、下り坂を怖がっているのだ。それではと、妻を残して、少しスピードを出して進んだ。直線的な登りが終わると、Uターンのように大きく曲がって、今度は下り。やや急な坂の下、遠く木々の間から妻の姿が見える。ターンしながら下りようと思ったが、思うように曲がらない。しかたなくハの字に開いてプルーク・ファーレンの形でずるずると下るしかない。ノーエッジの悲しさというべきか、技術の未熟と言うべきか。
 妻と合流して再び2人で歩く。時々視界が開けて白馬連峰が見える。コテージのような建物があって、そこを過ぎるとそろそろコースも終わりに近づく。初めに通った広場が見える。最後の急な坂を直滑降して、豪快に転倒。スキーってこんな風に大の大人が転げまわってはしゃげるところが楽しい。
 レストハウスに戻ると、もうすっかり片付いていて、閉めるばかりになっていた。来シーズンまで閉店だ。早々に借りたスキーセットを返して、リフトで下る。ここは歩くスキーのために下りも乗せてくれるのだ。ゲレンデにはもう誰もいないと思っていたが、滑っている人が1人2人いる。他に誰もいないゲレンデを自由に滑るなんてうらやましい限りだ。返すがえすも靴を忘れたことが悔やまれる。
 JR大糸線に沿う国道148号に出て、「ラーメン」の旗がかかっている喫茶店に入って遅い昼食をとる。派手なウェアの若者の一団が占拠していたが、マスターが席を開けてくれた。うまいはずのないラーメンがうまく感じたのはそのせいか。
 翌日、ペンションを出て安曇野をドライブして帰途へ。晴れているのに空が異常に茶色い。「黄砂」だ。まるでスキーシーズンの幕を下ろしているようだった。

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