史上初のご出現 柱の聖マリア
紀元後40年10月12日、スペイン北東部を宣教中の聖(大)ヤコブが宣教が捗らずサラゴサ(Zaragoza)の河畔で仲間と意気消沈していたところ、聖母マリアがご出現なされ、聖(大)ヤコブたちを励ましたという。
聖母マリアの存命中で、史上初のご出現となった。柱の上にご出現なさったことから「柱の聖母マリア(Virgen del Pilar)」と呼ばれている。
サラゴサの聖母マリアご出現の記念日は、早朝から始まる。朝4時から旧市街の聖パブロ(=パウロ)教会(iglesia de San Pablo)の特別ミサがある。
4時からの早朝ミサへの参加者はまばらだったが、5時のロザリオの聖母マリアのプロセッションの出発時には多くの信者が聖パブロ教会前の広場に集まった。
ロザリオの聖母マリアは、サラゴサから約200キロメートルほど西に行ったカレルエガ(Caleruega)出身の聖ドミニコにロザリオの聖母マリアがご出現したことから、この日のプロセッションは聖パブロ教会から柱の聖マリア聖堂まで約2キロメートルのプロセッションがある。
10月も初旬となると朝5時は暗い。プロセッションに参加する信者たちは手に手に行燈を持って、さながら夜の闇の中の蝋燭行列のようだ。
約2キロメートルの行程だが、柱の聖マリア教会まで1時間かけて6時半頃に到着。聖堂の入り口からはロザリオの聖母マリア像のみの堂内プロセッションが始まる。天井も高く大きな教会なので高さ5メートルはあるロザリオの聖母マリア像も悠々と通過。17世紀末から18世紀半ばにかけて築かれたバロック様式の現在の聖堂は、長さ130メートル、幅67メートル、11の小円天蓋(クーポラ)がある。
広い聖堂の主祭壇を拝礼したのち、同じ堂内の柱の聖マリアの聖礼拝堂(Santa Capilla de la Virgen)の柱の聖マリア像とご対面。聖礼拝堂は18世紀半ばに築かれた独立した建築。
柱の聖母マリア像は15世紀半ばにこの地方出身でフランスのブルゴーニュ公国で活躍していた彫刻家ラ・ウエルタにより木製で造られた。
高さ36センチメートルの像で、聖母マリアは、王冠をかぶり、チュニックとマントを着て、左手で幼きイエスを抱いている。
像はこの地方を統治していたアラゴン王ファン(ヨハネ)2世の妻に寄贈された聖像とされる。
聖母マリアご出現の特別ミサは、被昇天の聖母マリア主祭壇のある本堂で行われた。主祭壇は16世紀に築かれた主祭壇には中央に被昇天の聖母マリア、その右下に聖母マリアの聖誕、左下にイエスの聖誕が彫刻で表現されている。信者席を挟んで主祭壇の反対側に鉄格子で隔てられた大きな聖歌隊席がある。
柱の聖母マリア聖礼拝堂の裏壁の壁龕に、聖母が現れてその上に柱を置いたとされる岩が顕示されている。
朝から岩に触れようとする信者たちが列を成している。
聖母マリアは、イエスの十字架磔刑の後、天使たちに導かれ小さく魂になってスペインまで辿り着いたとされる。聖母マリアはご出現なさった地に聖(大)ヤコブは祈祷の庵《いおり》を築き、その場に現在の聖堂は立てられているという。サラゴサの柱の聖母マリア聖堂は、史上最初の聖母マリアに捧げた聖堂でもある。
柱の聖母マリアの記念日のハイライトの一つが、柱の聖母マリアへの献花。
朝7時頃から深夜まで延々と献花が続く。
聖母マリアはスペイン語圏の国家の守護聖人。献花のためにアルゼンチン、チリ、メキシコなどなどスペイン語圏の33か国から多くの人が訪れる。この日は、コロンブスが新大陸を発見した日でもあり、スペイン全土、新大陸各国で祝祭事が繰り広げられる。