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売野雅勇『砂の果実』と「少年」

 作詞家の売野雅勇の『砂の果実』(河出文庫 2023.7.20)は副題に「80年代歌謡曲黄金時代疾走の日々」とあるように80年代を中心とした歌謡曲の成立過程が細かく描かれた貴重な記録だと思う。

 個人的に興味深い話として、坂本龍一が「GEISHA GIRLS」をプロデュースし、坂本から「少年」という楽曲の歌詞を依頼された際のエピソードを挙げたい。
 坂本は売野に「少年っぽい感じが、いいかなって、思ってるんだけど」「ピュアで、健気けなげな気持ちが、こころを打つような歌詞がいいかな、どう?」と問われた売野が「そういうメロディですね。ニューヨークのセントラル・ステーションみたいな絵が、浮かんじゃいましたけど、日本じゃなくて」と言うと、小さな笑いが起こったらしい。
 坂本は続けて「あ、そういうのもいいかもね」と答え、さらに「ここのところは、ライライライラライって、やってもらって、言葉はいりません」とオーダーしている。(p.194-p.195)

 どうも売野はいまだに気づいてないようなのだが、「少年」の元ネタはサイモン&ガーファンクル(Simon & Garfunkel)が1969年にリリースした「ボクサー(The Boxer)」なのであり、1981年にはセントラル・パーク・コンサート(The Concert in Central Park)でも披露されているから、売野が「ニューヨークのセントラル・ステーションみたいな絵が、浮かんじゃいましたけど」と言った時に笑いが起こったのだと思うが、売野の鋭い「嗅覚」こそが売野の一流の作詞家のあかしなのだと思う。

参考に「ボクサー」の歌詞を和訳しておきたい。

「The Boxer」 by Paul Simon

自分に関する話など滅多にしないけれど
僕はただの貧しい少年だった
ブツブツ言うために
僕はやたら反抗し散らしたんだ
それが約束かのように
あらゆる嘘や戯言はあれども
いまだに人は自分が聞きたいことしか聞かないし
残りは無視するんだ

僕が実家を出て家族から独立した時
僕はまだ子供だった
見知らぬ人々に交わりながら
鉄道の駅の静寂の中で
うろたえながら身を潜め
ボロをまとった人々が行きかうより酷い貧困地区を見つけ出し
彼らだけが知り得る場所を探している

日給だけを訊ねながら
僕は仕事を探しているけれどオファーは貰えず
あるのは7番街の娼婦たちの誘惑だけ
はっきり言うならば
独りでとても心細い時には時間を持て余すから
僕はそこで慰めを得たんだ

今僕の目の前を年月が過ぎて行く
一様に毎年何らかが震撼している
僕はかつての僕より年を取り
将来の僕より若い
それは当たり前の話でおかしなことではない
変化に変化を重ねても
たぶん僕たちは同じなんだ
変化を重ねても
たぶん僕たちは同じなんだ

僕は冬服を出して広げて
出来るものなら家に帰りたいと願う
ニューヨーク市の冬ならばいつでも僕を搾取しないし
僕を導いて家に連れて行ってくれる

きれいな観覧席の中の一人のボクサー
彼の職業はプロボクサー
彼は怒りか恥辱によって叫んだ時まで
彼をしたか切り裂いたグローブ全ての思い出を抱えて行くんだ
「僕はリングを去るよ
僕は止めるんだ」
でもボクサーであることに変わりはないんだ