20日本文学演習Ⅲ 万葉集訓み
山崎健司 日本文学演習Ⅲ 1997 奥羽大学 記録尾坂淳一
教科書/万葉事始 和泉書院
教科書/橘千蔭 万葉集略解抄 新典社
(万葉集訓み)
1、万葉集註釈書
註釈書一覧「万葉集事始」p69~参照
(時代ごとの問題意識の違いを考慮に入れること)
2、万葉集本文
「国歌大観」寛元本(流布本)底本 句単位で引く
「新編国歌大観」文永本(西本願寺本)底本
「万葉集総索引」単語篇・漢字篇 語単位で引く
3、音韻
特殊仮名遣い
甲類・乙類=発音に区別があった
音節結合の法則
母音の脱落=二重母音の後ろの母音が落ちる
母音の縮約=クニウチkuniuti→i→クヌチkunuti
母音の交替
字余りの法則
4、橘千蔭「万葉集略解抄」巻1・32
翻字
高市古人感傷近江×堵作歌 或書云高市連黒人
古人とかくは誤也、先の初句をよみあやまりて、後人のかくしるせしもの也、或書を用べし、黒人の俚はしられず、堵は都に同じ
古、人爾和禮有哉、楽浪乃、故京乎、見者悲寸
いにしへの、ひとにわれあれや、ささなみの、ふるきみやこを、みればかなしき
今本かないたく誤けり。古一字を初句とせし例下に多し、古今六帖に、我吾をいにしへのとかくは古き訓の我れ事也。あれやはあればにやを略けり。古を欠てかくの如く甚悲しきは、にれりての古人にやありなんと、をさなく疑てよめる也
解釈
いにしへの人に=ここの古へ人(近江の人)
われあれや=あればにや疑問(あるのであろうか)
私はこの旧都の人間であるのであろうか。このさびれた都を見ると悲しみがこみあげてくる。
註釈のポイント
「古」
ふるひとに=私も古き身(拾穂抄)
いにしへの=作者の名が古人(代匠記)
ふりにしひとに=昔の人(僻案抄など)
いにしへの=その代(近江大津宮)の人(楢の杣など)
「われあれや」
反語(拾穂抄から)
疑問(代匠記から)
反語を含む疑問(万葉集注釈から)
授業案
ふりにしひとにわれあれやふるきみやこをみればかなしき(疑問)
いにしへのひとにわれあれやふるきみやこをみればかなしき(反語)
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐前期
5、後期レポート
巻2・142有間皇子晩歌
有間皇子、父は孝徳天皇、母は左大臣阿部倉梯麻呂女、小足媛。皇太子中大兄が孝徳天皇を無視し皇極上皇大海皇子を連れて飛鳥河辺行宮に移る。孝徳天皇は完成したばかりの難波宮で没する。有間皇子は蘇我赤兄とともに中大兄に対しクーデターを計画するが、赤兄の裏切りで有間は捕まる。142番歌は護送の中で詠まれた歌。悲劇の主人公の歌として万葉第一期の代表的な歌だが、リアリティを欠き、抒情性に乏しいと評される。
翻字(略解抄p20~21)
家有者笥爾盛飯乎草枕旅爾之有者椎之葉爾盛
いへにあればけにもるいひをくさまくらたびにしあればしひのはにもる
和名抄笥 和名計 盛食器也、武烈紀影姫歌に、タマケニハイヒサヘモリ、このたまけは丸笥之、鎮魂祭式に飯笥一合有て即盛藺笥など有て、けも檜の葉をおゐてケ仮を盛るにしが如く、旅にてはそこに××あふ椎の小枝をおゐてもりつらん、椎は葉のこまかに×ふくて平らかなれば、かりそめに物を袈べきもの之
註釈書
(万葉集註釈)イヘニアレバケニモルイヒヲクサマクラタビニシアレバシイノハニモル
(青葉丹花抄)家にあれば笥にもる飯を草枕旅にしあれば椎のはにもる
(代匠記精撰本)イヘニアレバケニモルイヒヲクサマクラタビニシアレバシイノハニモル
(代匠記初稿本)家にあればけにもるいひを草枕たびにしあればしゐのはにもる
(童蒙抄)いへならばけにもるいひをくさまくら旅にしあればしひのはにもる
(万葉考)イヘニアレバケニモルイヒヲクサマクラタビニシアレバシヒノハニモル
(口訳万葉集)家にあればけに盛るいひをくさまくら旅にしあれ ばしひの葉に盛る
(万葉集全釈)イヘニアレバケニモルイヒヲクサマクラタビニシアレバシイノハニモル
(窪田評釈)いへにあればけにもるいひをくさまくらたびにしあればしひのはにもる
(日本古典文学大系)家にあればけに盛るいひを草枕旅にしあればしひの葉にもる
(日本古典文学全集)イヘニアレバケニモルイヒヲくさまくら旅にしあればしひの葉に盛る
(日本古典集成)いへなればけにもるいひを草枕たびにしあればしひの葉に盛る
初句の訓み
イヘニアレバ
イヘナラバ
イヘナレバ 二句以下同じ
文法の対応
旅にし「あれ」ラ変已然形「ば」接続助詞順接の確定条件
家に「あれ」ラ変已然形「ば」接続助詞順接の確定条件
家「なら」断定の助動詞未然形「ば」接続助詞順接の仮定条件
家「なれ」断定の助動詞已然形「ば」接続助詞順接の確定条件
表記の対応
旅爾之有者
家 × × 有者
意味の対比
旅にしあれば=旅であるので
家にあれば =家にいるといつも(恒常条件)
家ならば =もし家であったら(仮定)
家なれば =家にいるといつも(恒常条件)
まとめ
文法上はいずれでも可能
表記上「家にあれば」は仮名が足りない
意味上「家ならば」の仮定条件が理解しやすい。しかし已然形接続の恒常条件を考慮すれば「家なれば」が「旅」との対比として相応しいだろう
結論
イヘナレバケニモルイヒヲクサマクラタビニシアレバシイノハニモル
研究の流れとして、先ず「有者あれば」という訓みを決定した時点から「家にあれば」が定着、「童蒙抄」で漸く表記上無理のない仮定条件を採用。「万葉集全釈」に至り家と旅の対比に注釈を加え、「日本古典集成」で恒常条件を考慮したと推定される。
盛る=神へ手向ける
椎の葉=椎の小枝
補足
415番歌いえならばいもがてまかむくさまくらたびにこやせるこのたびびとあはれ
家有者妹手将纏草枕客尓臥有此旅人×怜
1743番歌おおはしのあたまにいえあらばまかなしくひとりいくこにやどかさましを
大橋之頭尓家有者心悲久獨去兒尓屋戸貸申尾
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐後期